日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
50 years old
2014年01月18日 (土) | 編集 |
 あとちょっとしたら、50歳になることをまったく受け止められなくて、ずっと悩んでた。

 私の文章を見ればわかるとおり、いまだくそガキなんだもの。

 世間一般のイメージ通りの大人になれないまま、いたずらに物理的な年齢を重ねてしまった焦りがあって。
 着実にきちんと年を重ねている人がうらやましくてしょうがなくて。
 そして、自分の年齢より若いつもりでいる自分自身が痛すぎて。

 どうにかならないものかと思っていた。

 でも、その長く深い悩みの時間が、そろそろ終わりそうな予感がする。

 今、80年代の名曲「ロクデナシ」(ブルーハーツ)を聞いていて、ハッと気づいたよ。
 私は、今に限らず、生まれてからずっと、マジョリティと同じように生きられないことに息苦しさを感じてきたんだった、そういえば。
 だからパンクが好きだったんだ。

 人並みの50歳になれないことは、今までと同じ、みんなと違う自分に戸惑っているだけ。

 マジョリティを生きている人にはピンと来ないだろうけれど、マイノリティを生きるって、平気なつもりでも知らず知らずのうちにダメージを受けているものなのよ。
 平気なふりしていたけれど、けっこうつらかったんだなって、今自覚したわ。

 だから、「ロクデナシ」の、

誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか


 っていう歌詞が、心の支えだったり、
 (ブルーハーツの歌は、20代の頃、何回聞いたかわからないよ。)

 マキシマムザホルモン「予襲復讐」の

ずっと裏の裏は表だと信じきってる
“普通”や”一般”という名の「異常な正常者」
そんな”まとも”な人々の「正気の沙汰」に
痛めつけられた結果がこれである!!!


 っていう歌詞を好きになったりするんだろうな。

 ありのままを認めること とか、自己肯定感を持つこと とか、
理論・学問の世界で腐るほど聞いたし、私も、わかったような顔でそーいう解説をしたことがあるかもしれないけど、

 それをじっさいにからだじゅうでわかるにはエモーショナルなしげきがひつようだー

 そして、ひとが変容するにはいろんな形で同じメッセージを受け取る必要がある→変化の階段というけど、ほんとうだ。

 私にも、「ロクデナシ」を聞く前に、同じメッセージをくれた、たいせつなともだちがいたから、きっとこの曲が響いたんだと思う。

 アキナとは、彼女が19の時に会ったから、もう11年の付き合い。
 たまにしか会えないけれど、彼女は気になる人。

「もうすぐ50になることにとても焦っている」と私がひとしきり自分の悩みについて語ると、彼女はこう言い放った。

「あのさーありのままでいーんじゃない?」

 いわば心理学の教科書通りのアドバイスなんだけれども、彼女に言われると、なんかいいんだよ。
 カウンセラーとかインテリとかじゃなくて、知的障害をもつかもたないかのボーダーラインにいる彼女に言われたら、なんかスーッと心の奥に入ってきたんだ。

 たぶん、私がひねくれ者だからだろうなあ。気難しいっていうほうが合っているかなあ。
 シンプルなアキナのストレートならほんとうだって、無意識に心開いているんだろうな。
 なぜだか、心に沁みたんだ。

 そして、今、若き日のあの歌が、私にとどめを刺してくれた。


 誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか……



 
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