日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
生きにくさ、生きづらさの正体
2017年07月01日 (土) | 編集 |
 生きにくい世の中になった。

 と、あっちこっちで大人たちが嘆くから、そうなのかなと考えてみたら、

 私の場合は、いまだかって、生きやすかったことなんてなかったことに気づいた。
 そしてそれは、
 私がマイノリティだからなんだな、と思ったんだけど。

 もっと良く考えたら、
 マイノリティであると、
 基本的には、自分を隠して世間に合わせて行く必要があって、
 それが、生きにくさ、生きづらさの原因だってところに行き着いた。

 こう書くと
「じゃあ、世間なんて気にせずに、自分を出して生きればいいじゃない」
 って言う人がいる。

 でも、
 コトはそんなに簡単じゃない。

 もしも私が、自分をすべて素直に、あらいざらい外に出したら、
 とたんに、見えない差別とまではいかなくても、確実に「自分とちがう」「この人変わってる」「理解できない」というレッテルを貼られる。
 それって、本人にとっては意外とダメージが大きくて、できれば避けたいと思うから、私は、ほとんど、思っていることを口にしない(それでも、漏れてしまう変人ぶりで、あまり普通の人とは認識されていないようだけれど)。

 とにかく、秘密を抱えて生きることは、単純に、生きにくい。 

 私が自分を外に出さないのは、自分を守るためだけじゃない。
 逆に、私が自分を素直に表現すると、必ず誰かを傷つけるからだ。

 先日もある集まりに行って、うっかり思ったことをそのまま口にしてしまって、その場にいる人を傷つけたし、見ている人をいやな気持ちにさせた。
 私が思っていることは、それを表現するだけで、
 普通の人の普通の考えを、容赦なく破壊してしまう。
 せっかくみんなで作り上げた場を、壊してしまう。

 だから、人の集まるところでは、なるべく発言しないようにしようって誓うのに、いつも、
 黙っていられずに思いを口にしてしまう。
 ただ、その先が知りたい、私の考えを言って、それをもっと先に進めてほしいと思うのに、
 私の思いは、たいていの人の考えとはかけ離れた場所にあるようで、扱いかねてみんなを困らせてしまう。
 
 毎回そんな感じのくりかえしだから、後悔して、もう、そもそも外には出ないと誓うのに

 学びたくて、
 またつい出かけてしまう。

 私の正体は、
 まるで、尖った針を四方八方に飛び出させている球体のようなものだ。
 それをそのままにしておくと、必ず誰かを傷つける。
 だから、それを隠して、もう一つ大きな柔らかい球を、その針の外側に必死になって作っている。

 だけど、針たちはいつもいつも外に出たがっていて、だから、油断すると、すぐにそれは現れる。
 
 ただ、世の中はよくできたもので
 ほんのわずかに、私の本当の針だらけの球をおもしろがってくれる人がいる。大好きだと言ってくれる人がいる。
大好きってわけじゃないけど、そのまんまでいいよって受け入れてくれる人がいる。

その人と
その仲間達と
一緒にいる時だけは
 安心して、尖った醜い球の自分をさらけ出せる。

 だから、生きていけるんだな。
 






 



 

 



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