日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
子どもの貧困「社会的損失4兆円」レポについて
2015年12月05日 (土) | 編集 |
どんなに私がわめいたって。
ううん、私より力も発言力もある人がどんなに訴えたって。

時期が来なければ、世間は耳を傾けないんだなあと実感。

子どもの貧困について私がカナダの大学の通信教育で学んだのは2001年。
正直、その時は私もピンときてなくて、そう正直に言って、カナダの先生に怒られたのを覚えている。

それで、そのとき、POVERTY のことすごくちゃんと考えなきゃいけないって叩き込まれて。

それとは別にまた、予防が一番効果的、リーズナブルというのも教わって。
起きてから対処的にかかわるより 起きる前に予防的にかかわることが社会的コストもものすごーくリーズナブルなんだ、そのツールがファミリーライフエデュケーションなんだって。

でもそのことを、2003年から2008年の5年間のプロファミリーライフエデュケーター時代に訴えても、
こう、なんというか、壁にテニスボールを打ちつけているような、
巨大な岩の塊を小さなつるはしで削っているような、
そんな感覚しか持てなかったんだけど。

↓いつも紹介するこのたとえ話、私が思っているより、リアクションがいつもすごく低かった……。
億万長者のアイオワ人

10年経って、子どもの貧困がやっと認知されてきて、
そしたら、こういう経済的な見方も注目されて。

だから言ったじゃんか――――って思うんだけど。

個人レベルでも同じだよね。

ある親子を見ていて、その子育てのやり方を見ていて
ああー、こういうふうになっちゃうんじゃないか
って、経験から予測できる。

でも、それをその本人にその時言ったって、その人の子育ては変わらないし、
たぶんわかってさえもらえない。

で、なにかおきて、ああ、
あの時そういえばそういわれたのに
ってその人は思うんだけど、
その時には、もう取り返しのつかないことになってる。

たぶん、にんげんって、そういうふうにできている。

そう考えると、予防って不可能なのか?

レジリエンシ―しか道はないのか?



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