日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
子育て・教育の本
2015年02月15日 (日) | 編集 |
 「こうすればいい」とか「こうだろう」とか、本に書いて出版するって、恐れ多いことだなあと思う。
 
 「これは私の主観的意見だよ!」と宣言して書いてあるなら気にならないけど、
 「子育ては、教育は、これが正解!」っていう雰囲気で書いてある本って、どうしてそんなに自信持って言えるんだろうと思ってしまう。

 私には、前にも書いたけれど、A・S・ニイルのこの言葉だけが真実。

「教育においては、たった一つの解決策があるばかりだ。それは、私たち大人には、教育がなんであるかがわかっていないと正直に認めること、つまり私たちには、子どもがどのような方向に進むのかわかっていないのだから、なにが子どもにとって最善なのかわかっていない、と告白することである」(堀真一郎訳)

 もう九十年も前に遠い異国の地で、違う言葉で書かれたものだけれど、今でも、これ以上に共感できる言葉を私は知らない。

 だろ? そうだろ?
 だからいつでも、自分が間違っているかもしれないという恐れを抱きながら、それでも最善だと思える方法を模索しつつ、子どもに相対するしかないと思うんだよ。

 それって、そんなに簡単に言葉でまとめられるもんじゃないと思うんだよなあ。

 ちなみに、ニイルは、その著書(これは私の意見だよ!という著書ね)のなかで、あのシュタイナー大先生のことも批判している。
 シュタイナー先生は、はっきりと指し示しているからね…。

 家族支援のテキストでも、専門家の子育てのやり方の意見は、十年単位のサイクルで見ると、まるで振り子のように大きく変わると指摘されていた。
 日本の子どもが起こした事件について、事件直後に論じた専門家の文章を、あとから検証した本があって、確かに事実が判明した後に見るととんちんかんなことを言っている人が結構いて、それも結構笑える。

 つまり、専門家だって正しいとは限らないのだ。
 なんで、みんな自信満々に書いちゃったんだろう…。

 繰り返すけれど、一人ひとり顔が違うように、一人一人の事情は違うに決まっている。そして、その事情は近づいて細やかに見てみないとわからない。それでも見誤ることだってある。
 それを一般化して論じようとするから無理が生じるし、ものごとを遠目から見ただけで確定しようとするから間違える。

「わからない」

 こんなに誠実な答えはないよね。

 本にはならないけどね…。

 

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