日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
日常は、非日常に溢れてる
2015年02月12日 (木) | 編集 |
いつも乗り込むバスの座席に、どっかと座っている高校生がいる。
大きなスポーツバックを横において、二人分のシートを占有している。

大人たちは何も言わない。

その子のバックに書いてある高校名を見れば、どこで降りるかがわかる。
私の乗ったバス停から数個先の、高校前のバス停で、彼は降りるはずだ。
それまでの我慢。

たぶん、そう考えて大人たちは何も言わない。
能面の表情も崩さない。

私も右に同じこと。

でも、心の中では考えている。

バッグに書かれているのは偏差値70以上の子ども達が行く高校名。
当然、彼も優秀な成績で進学したはずだ。
そんな彼にとって、バスで見る大人たちなど、若く優秀な自分に比べてランクの劣る人間達と思っているのだろうか。
そんな人間達よりも自分に付属するバックの方が、座席を占めるのにふさわしいと思っているのだろうか。
それとも。
単純に、勉強は教わっても社会のマナーは学んでこなかったか。

そうだ、
偏差値70を誇る、あのいけすかない高校に電話してやろうか。
「お宅の生徒さんは、バスでのマナーがなっていませんよ」と。
もちろん妄想だけだ。実際には絶対電話なんかしない。

同じことを考えているのは、たぶん私だけではない。




一人の男が乗り込んでくる。
その人はずっとしゃべっている。
「ちょっと、ちょっと、急いでください急いでください」
「満員です。もう乗れません。満員だからね」
「そこに座ってはダメです」
「そんなこといわないのそんなこといわないの」
意味不明のおしゃべりが途切れることはない。

だけど乗客も、運転手さんも誰も彼には答えない。
能面の表情も崩さない。

明らかにおかしな男なのだが、だれもそのことには触れない。
その男は毎日このバスを使っていて、みんなは、彼のことを知っているから。

無視をしているという冷たさは感じない。
彼を包み込んでいるような温かささえある。
彼の言動に触れないことが、一番お互いにとってベストであることを、その場にいる大人達は、暗黙のうちに共有しているのだ。





ターミナル駅にバスが着く。
乗客がぞろぞろと降りる。
それに続いて降りて行った私が、耳慣れない音に気づく。
音のする方をなにげなく見遣れば、
よくバスで見かける、また違う男が道端で立ちションをしていて、ギョッとする。
そういえば彼も、どこか様子が違っていた。
おしゃべりな彼と違って、大人しく座ってはいるけれど、
何を見ているかわからない視線は絶えず定まらないままだし、首はいつも傾げたままだ。

変わった人が二人も同じバスに乗っているんだな…。
また、心のなかだけで思う。





バスを降りて駅へと進む傍らに交番がある。

若い警官が交番の前にすっくと立ち、
道行く人達に挨拶を続けている。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
大きな声で高らかに。

だけど誰ひとり答えない。

「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」

私は小さな声で答える。
「おはようございます」
恥ずかしいから大きな声は出せない。

だから、若い警官には届かない。





駅の階段では、70代くらいの男性が叫んでいる。
ちんどん屋のような音楽をかけながら、
咎めるように叫んでいる。
「駅周辺はポイ捨て禁止区域です! 歩きタバコはやめましょう! 見つかったら三万円以下の罰金になります!」

なぜちんどん屋のような音楽なのか、
なぜ咎めるように叫ぶのか、
誰も聞かない。


さあ、今日も仕事が始まる。
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