日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
タクシー運転手さんの話
2015年02月08日 (日) | 編集 |
雨降りで荷物も重いので、タクシーに乗った。
「××のほうまで行ってください」
「××ですか。どっちから行きましょうか。どのへんですか? ああ、あそこなら、こっからだと…」
 詳しい道をすらすらという運転手さん。
「詳しいですね」
「ええ、実はあのへんに住んでいるんですよ」
「そうだったんですか」
「ええ、最近引っ越してきたんですけどね」
あらあら、そんな。いきなり見ず知らずの私に自宅のことなど言っていいのかしら、と思いながら聞く。
「いやあ、もともと××の出身でしてね。18までは××で育ったんですよ。で、最近戻ってきてみたら、ずいぶん変わっちゃったけど、懐かしいですよねえ」
「わかりますわかります。私もこの辺の出身なので」
「駅なんかすごく立派になっちゃって」
「そうそう、北口なんか、寂しかったのにねえ」
「周りも畑ばっかりで」
「田舎でしたよねえ」
乗客と運転手の、あたりさわりのない会話に戻る。
戻って、そのまま終わるはずだったのだけれど…。
ここから、運転手さんは、抑えきれない、という風情で、こぼれるように言葉をつなぎはじめた。
「いやあ実はね、お袋が病気しちゃって親父が戻ってきてくれっていうもんだから、家族で実家に戻ったんですよ」
「そうだったんですか」
「怖い親父だったんだけどね、お袋があんなになっちゃって、80の声を聞いて弱気になったのか、僕に頭下げてきたんですよ。今までは、『俺達は誰の世話にもならん』ってつっぱってたからね、それじゃあ、ってんで、僕も埼玉県の△△に家を買って、そこに20年住んでたんだけど、それを引き払って」
「へえ…」
「最初はね、私と女房だけが引っ越すつもりだったんですよ。もう娘たち大きいんで、二人いるんですけどね、二人とも20歳超えていて社会人ですから、その子達はもとの家において、二人で親の面倒を見るつもりでいたんですけれどね、娘たちも一緒についてくるっていうもんだから、家族4人で引っ越すことになりまして」
「それはよかったですね」
「そう!でもねえ、…最初はね、私の女房がまず嫌がって」
「そりゃそうでしょう。今から旦那さんのご両親と同居するのは大変だと思いますよ」
「だからね、私女房に言ったんです。もしついてこないなら離婚するって。あの親父が、大の男が頭下げて頼んできてるのに、断れないじゃないですか。だからなにがなんでも戻ろうと思っていたんでね…。もちろん本当に離婚するつもりなんてさらさらないですよ。でもそのくらい言わなきゃ、わかってもらえないと思って、啖呵きったんです」
「わー」
「それで、しぶしぶ承知してついてきてくれたんですけどね。ありがたかったですよ。女房についてきてもらわなかったら、実際のところ、僕一人じゃどうにもなんないですからね…」
「そうですよね」
「それだけでもありがたいのに、子ども達がね、お父さんたちが引っ越すなら私達もって言ってくれてね」
「まあ!」
 この辺から、私は彼に気持ちよく話してもらおうと、意図的に、前のめりで話を聞く。
「もう、嬉しかったですよ。自分たちも面倒見るからって言ってくれたんでね。親父なんか、孫までついてくるってわかったら泣いて喜んでましたからね。『まさか、この年になって、孫と一緒に住めるなんて思わなかった』って…。そういうわけで、それじゃあ、ってんで△△の家を引き払って、でも、××の実家は27坪しかないんでね、6人で住むには手狭なんで、そこも売って、近所に新しく土地買って家を建てて、そこに住むことにして」
「それはそれは」
「けっこう広いところ買えましたからよかったですよ」
「何坪くらい?」
「40坪ありますからね、僕の車と女房のと娘のと、車も3台停められますし」
「広いですねえ」
「やあ、おかげさまで。実家も△△の家も高く売れたんでね、実家は狭いけどやっぱり都内だし、△△の家は60坪あったんで、その二つを売ったお金で新しく土地を買って家を建てても、おつりがくるくらいだったんですよ」
「よかったですねえ」
「ほんとに。家を建てる時に女房の友達から、『絶対に水回りは別にしたほうがいい』ってアドバイスされて、まあ、土地も十分あるし、そのアドバイスに従って風呂と台所を別にして、完全二世帯住宅にしたんですよ」
「それは、絶対そのほうがよかったですよ」
「そうでしょう。成功でしたね、それはね。もうね、実はうちのお袋がきつくて、女房の子とずっと悪く言っていたんですよ。あの嫁はどうしようもないとかなんとか。で、悪口言われるから女房も面白くない。だからふたりの会話はずっと僕を通してたんですよ。お袋は僕に『なになにって言っといて』って言うし、女房も僕に「これこれなんですって言っといて」って言うし。それをずっとやってたんですけどね、引っ越してから、打って変って仲良くなっちゃって」
「ええ、そうなんですか?」
「そうなんですよ。お袋は『いい嫁だいい嫁だ』って近所に触れ回ってるらしいんです。それで、女房も『お義母さんたら、褒めすぎなんだもの。近所歩くの恥ずかしくってしょうがない』とかなんとかいって、まんざらでもない感じで。まさかそんな日が来るとは夢にも思ってなかったですよ」
 私も驚く。長年の不仲があっという間に解消するなんて、そんなことがあるんだ。
「親父もね、孫と一緒に暮らすのが楽しくて仕方ないみたいで、散歩に行ったら娘たちにお土産なんか買ってきちゃったりして。ホントに怖くて近寄りがたい親父だったのに、夕食の時なんかも、つまんない親父ギャクを言っては一人で笑ってるんですよ。だから、こっちも楽しくなっちゃって。そんなわけで、今、我が家は笑いが絶えませんでねー」
「よかったですねえ」
 笑顔の食卓が、目に浮かんだ。最高の人生の終末を手に入れたね、おじいちゃま。
「それがね、驚いたことに、その暮らしを始めてしばらくしたら、お袋の病気まで治っちゃったんですよ!癌だったんですけどね、手術はしたんだけど、まだとりきれない癌が残っていたはずなのに、検診に言ったら消えてたんですよ!お医者さんにも「『なにか(民間療法的なことを)したんですか?』って不思議がられたんだけど、なにもしてないの。『病は気から』って言葉があるじゃないですか。あれ、ホントだったんですねえ。家族で笑って暮らしていたから、消えたんじゃないのかなあ。そうとしか思えないんですよ。昔は、そんなことあるわけないって思ってたけど、『病は気から』ってホントですよ。心と身体はいっしょなんですねえ」
 すごい。怒涛の幸福攻撃。おばあちゃまの病気まで治ってしまったなんて。もう、不幸の種がなくなってしまったじゃない。
「だからね、女房には感謝してますよ。あそこでついてきてくれたから、今があるんですから」
「そうですね」
「でもね、僕ら二人じゃダメだったと思うんです。娘たちがついてきてくれたから、それも良かったんですよ」
「そうですね…でも、そもそも、運転手さんがお父さまのお願いを聞いて、決断しなかったら、今の状態にはならなかったんじゃないですか」
「まあ、そうですかね…」
「もしかしたら、お母様のご病気自体、神様のしわざかも…」
「そうなんです! それは僕も思ってるんですよ。僕らをこうするために、お袋は病気になったんじゃなかったのかなあって」
「不思議ですね」
「不思議です。」
 話が終わるにつれて、私の家も近づいてくる。
 何気ない日常にひととき。タクシーに揺られているだけの時間…のはずが、ほっこりとした、幸せなエピソードで、胸がいっぱいになった。
「いいお話を聞かせてくださって、ありがとうございました。幸せな気持ちになりました」
「いやいやもう、自分の話をとうとうとしゃべっちゃってすみませんでしたね。でもね、ホントに今幸せなんです。もう、家に帰るのが楽しみで仕方ない」
 運転手さんは最後に笑顔で言った。
「今、僕、最高に幸せなんです」
 


コメント
この記事へのコメント
読んでいて、こちらもほっこりした気持ちになりました。きっとこの運転手さんも、さえるさんだからこそ、話しやすくて話しちゃったんじゃないかな。
長年家族支援をされてきたさえるさんがかもし出す、オーラのような雰囲気が、車内に広がっていたのではないでしょうか?
素敵なお話、ありがとうございます。
2015/02/21(Sat) 16:03 | URL  | kumasan #-[ 編集]
Re: タイトルなし
> 読んでいて、こちらもほっこりした気持ちになりました。きっとこの運転手さんも、さえるさんだからこそ、話しやすくて話しちゃったんじゃないかな。
> 長年家族支援をされてきたさえるさんがかもし出す、オーラのような雰囲気が、車内に広がっていたのではないでしょうか?
> 素敵なお話、ありがとうございます。

コメントありがとうございました。気づくのが遅くてごめんなさい。
私も、本当に幸せな気持ちにしてもらいました。
最近、個人的に腎臓にサクッとナイフで切り込みを入れられたようなショックなことがあったのですが、ここにコメントを頂けていたことを知り、また癒されました。
感謝です。
2015/03/01(Sun) 11:22 | URL  | さえる #-[ 編集]
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