日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
刹那
2014年06月18日 (水) | 編集 |
 いつも
「マミちゃんは、今やりたいことしか、今の状況しか、考えられないんだから」
 とたしなめられてきた。

 周りから見ると、 
 私は、何かを今やりたいと思ったら、すぐやってしまう考えなしの性分らしい。
 それがその後どうなるかとか、長い目で見たらどうすればいいかとか、
 そういうことが考えられないという。

 確かに。 
 
 たとえば、
 子どもが小っちゃいころは、それが永遠に続くと思っていて、
 その状況での生活設計ばかりを考えていた。
 三歳の舌足らずな末っ子を抱え、年端のいかないその姉兄とまみれているという状況が続く前提で、人生を考えていたのだ。
 
  だけど、
 時は誰にも同じように淡々と過ぎてゆき、

 小さかった子どもたちは、
 もうどこにもいない。
 
 我が家の居間で、
 私の目の前を通り過ぎるのは、
 
 声変わりのすんだ、肩幅の広い背の高い中学生や
 筋肉の塊のような坊主頭の高校生や

 そして、すっかり大人になった巻き髪の女子。

  子供は育つのだ。

 当たり前なのに、気づかなかった。
 
 まともなひとは、
「まさか」
 と思うんだろうな。
「そんなはずないでしょう」
 って言うんだろうな。

 でも、私は、子どもが大人になることに気づかなかったんだ。
 子育てが永遠でないことに気づかなかったんだ。

 もちろん、知識としては知っていたよ。
 けれど、
 それに不思議と気づかないんだよ。

 なぜっていわれても、
 そうなんだからしょうがない。

 ありえないって言われても
 感覚としてそうだったからしょうがない。

 でも、今ならわかる。
 経験したから。

 私の小さな愛し子達は、もう画像の中にしかいない。

 子どもは大人になってしまうのだ。   



 そう考えると、

 先生って、なんて素敵な商売なんだろうと思う。

 たくさんの子ども達の、
 育つ途中の、
 輝ける小学生時代に
 こんなにたっぷり寄り添っていられるのだもの。

 数年経ったら、あの子たちの今は消えてしまう。
 まるで別人みたいに成長してしまう。

 だけど今は、

 子ども。
 今しかいない、不思議な人間。
 全力で生きることしか知らないひとたち。

 かけがえのない小学三年の時期を、
 一緒に過ごさせてくれてありがとうね、みんな。

 

 ああ。もっと楽しませてあげなくちゃ。


 
 
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック