日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
いんたあ・びゅう
2014年06月15日 (日) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑧

 通信教育といえども、テキストを読んでレポートを書けばいいってもんじゃないのが、この勉強の面白いところ。

 宿題をこなすためには、face to faceのコミュニケーションをたくさんしなくてはならない仕組みになっている。
 
 たとえば、自分が支援のターゲットとするジャンルの人々に直接会ってインタビューをして、そのリアルな状況をまとめて報告するという宿題。
 
 コミュニティワークをするためのすべての情報が詰まっているサイト(Community tool box)の中のインタビューについてのページ(こんなのがあるんですよ!)をたっぷり読んで、インタビューの意義と心得をしっかり把握してから、いざ出陣。
(ちなみに、簡単な英語なので、このサイト(Community tool box)は、本当にお勧めですよ!!!)

 この宿題をするために、私がターゲットに選んだジャンルは、0-3歳の子を持つお母さん。しかも、今仕事(ぺイドワーク)を持っていない人。
 ママ友がいっぱいいるからインタビュイー(インタビューされる人のこと)探しは楽ショーと思っていたんだけど、改めてお願いすると「えー、勘弁して―」って辞退する人の多いこと多いこと…。

 そんな中、インタビューを受けてくれた人のなかで一番印象深かったのは、ドイツからのお嫁さん。

 初めて会ったとき、美しい金髪と青い目の美貌の彼女を見て、また、新進の芸術家で東京芸大講師の妻と聞き、勝手に「瀟洒な洋館で優雅な暮らしをする、自分とは住む世界が違う人」と勝手に想像して、あまりお近づきにならなかった。

 だけど、インタビューを軒並み断られる中、あまり親しくない彼女にお願いしてみたらOKとのことで、彼女とじっくり話をすることになった(彼女はドイツ人だけど英語が堪能)。

 そして、インタビューをしてみたら…。

 まったく、人は見かけによらない。
 話してみなければわからない。

 この宿題の醍醐味が、わかった。

 なんと、予想に反して、彼女、幹線道路沿いの騒音と排ガスの激しい古ぼけた狭いマンションに住み、夫の稼ぎだけが頼りの日々。
 しかし講師である夫の給料は少なく、夫の両親の反対を押し切って結婚し単身来日したので夫の実家には頼れず、自分も、異国の地で小さな子を抱え働くすべはないから、必死でやりくりする暮らしぶり。 
 二人目を身ごもった時には、バスの乗り方もわからないから、ベビーカーに上の子を乗せ、なんと45分間も歩いて産院に通っていたのだという。
  夫とのなれ初めは、彼女が通っていた美大に彼が留学し、友人としてドイツ語のレクチャーをしてあげたのがきっかけだそうだが、ドイツでは優しかった夫も、日本の戻ったら典型的な日本人夫になってしまい、今はあまり協力的ではないという。

 そんなわけで、異国の地でたった一人で子育てしていた彼女は、やっと、英語の堪能な私の友人に話しかけられ、挨拶以上の関係の人ができたそうだ。で、なんとか英語でコミュニケーションできる私も、友人の輪に加わったというわけ。
 
 インタビューをしていくと、もっと驚く事実が明らかになった。

 彼女は、もともとドイツでは美術史を修めシュタイナー学校の講師の経験も持ち、ニュールンベルグの街づくりにも携わっていたというのだ。また、彼女には知的障害のある姉がいて、その存在が、彼女の考え方に大きく影響しているとのことだった。

 そんなキャリアの持ち主が、異国の地で貧乏暮らしをしながら、たった一人で二人の小さい子を育てていたんだね…。

 私のインタビューテーマは「生き方」。自分はどうやって生きてきたのか、これからどうやって生きていくのか?を問うものだったのだけれど、彼女は「話しているうちに自分がどんどん元気になっていくのがわかった」という。

 そして、インタビューからしばらくたったある日、私と英語が堪能な友人は、彼女に呼び出された。

 なんと彼女、「自分で講座を開きたい」と言い出した。
 タイトルは『やさしいドイツ語で美術探索』。
 有史以前から現代にいたるまでのヨーロッパ美術史を、実技を交えながらドイツ語で解説する、と言う。

 私たちは反対した。
「そんな格調高い講座を受ける日本人がこの界隈にいるとは思えないよ。まずは『やさしいドイツ語講座』くらいにしておきなよ」
 二人で声を揃えて、そんな説得を試みるのだけれど、彼女の意思は岩よりも固い。
 仕方がないので、公民館の一室を借り広報誌で参加者を募集するという一連の講座開設のお手伝いをしたのだけれど、正直「生徒さん集まるかなあ」と、心配で心配で。
 しかし、蓋を開けたら、仕事でドイツに住んでいたとか、ドイツ出張が多いとか、そんな人たちが結構いて、結局20人近くの応募がありました。
 さすがTOKYOであります。

 こうして彼女はささやかに講師業をスタートしたのですが、彼女曰く、
「今までは子育てで精いっぱいだったけど、あのインタビューを受けて、自分のやりたいことが整理できたの。そして、三人の小さい子を育てながら勉強しているマミを見て、自分にも何かやれるんじゃないかと思えた。だから講座をスタートできたと思う…」

 …なんということ。
 私は自分の宿題のために彼女にインタビューをお願いしただけだったのに、知らないうちに、その行為が、彼女をそんな風にエンパワーしていたなんて…。
 嬉しすぎる。

 それから、私と彼女と、そしてもう一人の友人と。
 三人は暇さえあれば子どもを連れて集うようになり、公園のテーブルつきベンチで、時にはワイン片手に、ヒトラーの自殺から原子力の是非まで、いろいろなことを語り合うような関係が続いたのでした。

※ この記事のタイトル「いんたあ・びゅう」の名付け親は滋賀の支援者・平井育恵さん。この記事の前身を読んだ際、「インタビューだと「コメントを取る」って感じ、これは、いんたあ・びゅう=内面を覗く ですね」というようなコメントをしてくれたので、そこから頂きました(平井さん引用ご容赦!)。

(後日談)

 その後私は北海道に引っ越し、彼女たちとは疎遠になってしまいましたが、帰る度に、彼女は変わっていました。

 彼女の講座は順調に増え、
 夫が准教授に昇進し
 新築の広いマンションに引っ越し
 三人目の子が生まれ

 しかし残念ながら、夫の実家との不仲は変わらず

 そして

 夫が不慮の事故で亡くなり
 日本で未曾有の原発事故が起き

 彼女は三人の子どもを連れて日本を離れ
 今はドイツで暮らしています 



 ホントに人生って…。
 


 


 
 

 

 
 

 
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