日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
一人目の陥る罠
2014年03月16日 (日) | 編集 |
 私が家庭支援を志したのは25歳のとき。まだ、自分の子どもが生まれる何年も前でした。
 当時、図書館に通ったり、様々な講演会に足を運んだりして、自分なりに子育てを独学していた私は、一人目の子育てでは、つい気負ったり、心配しすぎたりして、過保護・過干渉になりがちだということを、十分知っていました。

 そこで私は、一人目を育てる際に、
「この長女を、まるで次女のように育てよう」
 と、固く心に誓ったのです。あまり心配せず、あまり手をかけず、そして伸び伸びと自由に…。
夫婦でそう相談し、祖父母たちにもそう伝え、初孫を甘やかしがちな彼らに、「もっと放任して」と何度も申し入れました。

 やがて時が過ぎ、二人目、三人目と育ててきて、今思うことは…。
 何のことはありません。そんな゛誓い゛をわざわざ立て、しかも祖父母をも自分のやり方に同調させようとすること自体、気負った子育てをしていたという、紛れもない証拠なのです(笑)。

三人目を育てるにあたっては、「こう育てよう」なんて取り立てて思うことさえなく、祖父母が多少甘やかしても「まあ、いいか」と、鷹揚なもの。それなのに、もしかしたら、一人目、二人目よりもうまく育てられているような気がします。

『子育てとは、子どもに自立する力をつけること。少しずつ少しずつ成長に合わせて、親(またはそれに代わる人)の手を引っ込めていく作業』。

この鉄則を、三人目だと自然体で守れるのに、一人目だと、わかっていても、ついつい、手や口を出してしまいます。私のように、たとえ手や口を出さないと頑張ったとしても、肩の力を抜くのは本当に難しい。

 しかしこれは、考えてみれば当たり前の話。

 なにしろ、親にとって一人目は、初めての子育て、初体験尽くしの毎日なのです。いくつになっても、その年頃の子育ては、初体験であり続けるわけですから、うまくやれるほうがめずらしいに決まっています。

 一人目の子育てに奮闘する皆さん、もし、思い当たることがあっても、悲観することはありません。修正は、今からだってまだまだ間に合うし、子どもの適応力は想像以上です。

 あなたの(私の)子ども(孫)が、きっと、この一人目の運命を、たくましく生き抜くと信じましょう。

 
(2006年 北海道東神楽町 広報誌 に掲載)

いま読み返すと、なにを偉そうに書いているんだかという感じですよ。ほんとうにごめんなさい。年を経れば経るほど、なにが真実で何が正しいかなんて確信が持てなくなる。わからなくなるから言えなくなる。かもしれないかもしれないと思うことをつぶやいたり、こうだってそうだってって聞いたことを伝えたりするのが精いっぱいになってくる。 ああ、当時の読者の町民の皆さん、ごめんなさい。
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