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日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
新春「家ついていっていいですか」スペシャルを見て思ったこと
2019年01月02日 (水) | 編集 |
 テレビ東京の「家ついていっていいですか」っていう番組が大好きで毎回見ている。

 まちなかで、終電を逃した人に声をかけ、「タクシー代を払うので家についていっていいですか」と声をかけ、オーケーしてくれた人の家にいって、その人の人生について聞く番組。
 声をかけられたときは、どこにでもいる普通の人に見えた人が、家についていっていろいろ話しを聞いてみると、それぞれ思いもよらなかった人生を抱えて生きている。毎回そのドラマに驚く。

 新年は3時間超のスペシャルだった。

 その中に登場した一人の人生が、
 私には、
 ファミリーライフエデュケーターの私には、
 やるせなくてたまらなかった。

 埼玉県にすむ、一人暮らしの60代の女性(とは思えないほど若々しい見た目だったけど)。

 もともとは普通のお母さん。
 自身の心臓の病をおして産んだ一粒種の男の子を大切に大切に育てていたそうだ。

 けれど、幼稚園で、息子の行動が遅いことを注意され「しっかり躾けてください」と言われて追いつめられ、そこから、小学校時代もずっと言葉の虐待を続けてしまった、と。

 世間に子どもがちゃんとしていないと指摘されると、自分がちゃんとしていないからと言われた気持ちがして、どうしても子どもにちゃんとしてと強要してしまう。
  愛しているから、怒ってしまっては後悔するの繰り返し。

 やがて息子が成長し、今度は彼が反抗的な行動を繰り返し、とうとう母親である自分が家を出るしかなくなった。
 それから一人暮らしなのだ、と。

 だれも悪くない。

 哀しい話だ。
 
 今までも何度も無力感を感じてきた。
 私のできることなんてほんの少しで、だから、例えば、砂浜で砂を掬っても掬っても指の間からこぼれる。
 ずっとそんな感覚を抱えて来た。
 それがまた襲って来た。

 ファミリーライフエデュケーションは直訳すると「家族生活教育」。
 だから日本語のイメージだと「正しい家族生活を教える」というイメージになってしまう。
 だけどちがう。
 ファミリーライフエデュケーションは「知る」という方法で家族の幸せを阻むバリアを取り除く試みだ。
 それは家族に向かうだけでなく、家族を囲むコミュニティにも向けられる。

 この人にもし

 一人目で苦労して産んだ子はつい大切に育てすぎてしまうこと
 子どもは手をかけたら手をかけるだけ手がかかるようになってしまうこと
 大切に育てすぎると、本人が集団に適応するときに苦労すること
 生来、あるいはそれまでの人生の結果で、同じ母親でも子育てが得意な人と苦手な人がいるということ
 母親だけが子育てをしなくてもいい、たくさんの人の手を借りて子育てしてもいいのだということ

 などを事前に教えてあげられていたら。

 幼稚園の先生は、いつも子どもを善く育てたいと考えている。
 だから、親にしっかりがんばってほしいと思ってしまう。
 けっして親を苦しめようなんて思っていない。

 だから、
 その何気ない言葉が、親を追いつめることもある。
 親は、正しい指摘よりもまず、寄り添う支援を必要としている。

 と事前に伝えてあげられていたら。

 もしかして
この悲劇を防げたのではないか。
なんて思ってしまった。

もちろん
現実はいろいろなことが絡み合って存在するから
そんな単純なことではないかもしれない。

 だけど
 問題は、なにか起きた後に元に戻すことはすごく大変だから、
 問題が起きる前に、事前に「知っておく」ことで
 もっと言えば、成人教育的な手法で「体感してわかっておく」ことで
 それを未然に防ぐ。

 それがファミリーライフエデュケーションの考え方。

 だから、
こういう例を目にすると、私の中の永遠に癒されない哀しみがうずく。
ファミリーライフエデュケーターとしてがんばれば、なんとかできるんじゃないかと思ってしまう。

 つくづくおせっかいだし、そもそも、傲慢だよなあ、私は。
 まだ、自分になにかできるんじゃないかって信じている。





 
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