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日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
「ティール組織」 を 読んでいるんだけど
2018年12月27日 (木) | 編集 |
ティール組織を読んでいるんだけど

のっけから既視感満載

たとえばこれ

「彼らはまるで、昔のテレビ・シリーズに出てきたような親しみやすい宇宙人のようだった。かなり長い年月にわたって人々の生活に溶け込み、超能力を備えているのだが、他の人々からはそのことを認知されていないのである。」


2003年から2008年まで北海道を中心に日本中の子育て支援の団体を訪ねていた頃、家族支援学を知らないまま家族支援学のセオリー通りの支援をしている人たちは、みんな、まさにこんな感じだった!

それからここ

「殻を打ち破って新しいことに挑戦しようとする者はたいてい抵抗にあうだろう。「あいつは理想主義者だ」あるいは「ばかだ」と呼ばれるのだ。」

私の挑戦なんて安全地帯でのささやかなものだけれど、
でもやっぱり
ほんとにあの頃
言っていることをわかってもらえることが少なくて
まあ今もなんだけど
苦笑いに何度出会った(今も出会う)ことか!

そして極め付け

ここ

「判断から解放された共有スペースを作り、相手の話にとことん耳を傾けることによって、他の人々が自分の声や真実を見つけられる手助けをする。もちろんそれはお互い様である。」

これって私がトークショップと名付けて実践していたしゃべり場のスタイルそのもの
あのころもいまも、ファシリテーターが声を出す機会が少なければ少ないほど成功っていうのはそう言うことなんだよな

まだ三分の一しか読んでいないけど
私たちは早かったよねーと自慢したい気持ちが抑えきれずに投稿w

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通知表なんていらない!
2018年12月23日 (日) | 編集 |
ゾゾタウンの社長のインタビュー記事を読んだら、
あの会社には社員の「評価」がないという。

閃いた!

小学校の通知表っていらないんじゃね?

ある教師も言っていた。

「評価という仕事さえなければ、最高の仕事」

ほんとそう。

小学校は文書では表せない
日々の営みの中の
えもいわれぬ学びが溢れているところ

その豊かさに比べれば
通知表という紙が表現できることは僅か

それに毎学期末
多くの時間を割かれている。

公文書じゃないのに。

だいたい、自分の子の(学校的学習の)出来なんて
日々の学校生活の様子でおおよそわかるし

しかも
小学校時代の学習結果がその後も学歴にリンクするとは限らない

我が家を振り返っても

小二の時硬筆書写で学校代表になった長女は進学校に行ったが、最後の最後で大学進学せず。

校長室に呼ばれがちだった悪ガキの長男はスポーツ推薦で大学付属高に進学し、高校で死に物狂いの勉強をして有名大への内部進学を勝ち取った。

小学校時代を遊び倒して
「よい」がたった3つで全学年120人の下から3番目という通知表だった二男は中1の前半半年で小学校6年間算数をマスターし(本人談)、中堅高校から現役で中堅大学に合格した。

前にも書いたが、この成績最悪の末っ子は
小学校時代、
毎日は楽しすぎて1日が終わるのがつらくて、
同時に
明日はどんな面白いことが待っているのだろうと寝るのが楽しみ
という6年間を過ごしていたそうだ。


というわけで

「小学校の通知表っていらないんじゃないですか?」

と我が師匠、松崎運之助先生に尋ねたところ
先生がおっしゃった。

「いらないよ! 義務教育なんだから。小学校だけじゃなく、中学も高校もいらないでしょ。上位の学校が進学希望者の成績が必要な時だけ、学校に請求すればいい話」

おお。さすがスケールデカい。
重ねておっしゃるには、

「あとね、卒業証書もいらないの! あんな紙切れ一つでどんだけの人が苦しんできたか! 行っていなくてもらっていなくてつらい思いをしたり、不登校でさ、行ってないいのに形式卒業でもらってつらい思いしたりする人がいっぱいいるんだから。卒業したかどうかも、必要な時に証明書を出せばいいじゃない!」

そ、そこまでは思いつかなかった。
さすが師匠。

職場でちょっと周りに
「通知表いらないんじゃない?」
と口を滑らせた時は
「まあね、でもやっぱりいるでしょ」
というお返事ばかりだったけど
(私の考えは業界の常識からぶっ飛んでいることが多いので自分の意見を言わないよう努力しているけどうっかり口を滑らせた)
師匠は、私の発想を遥かに超えていた。

卒業証書に価値を置くから、不幸が生まれると考えたら、

卒業証書をもらってきた日に、筒を使ったスポスポ遊び(フタ部分を動かしてスポスポ音をさせる)をするために、卒業証明を床に放り投げて顧みなかった長男の所業は正しかったのか?!

私個人は
ノスタルジーとして
卒業証書、可愛いんだけどな。

夜間中学の卒業生にとっては
むしろ
なによりも貴重なのでは?


いろいろ考えて長くなってしまった。











無性に腹が立ってきた
2018年12月01日 (土) | 編集 |
電車で座っていたら

隣に知的障害と思われる若い男の子が座った

そのまた隣はお父さんと思われる中年男性

息子の隣に座っている私に
迷惑がかからないように

ピリピリと神経をとがらせているのが伝わってくる

小声で自由奔放な息子の立ち居振る舞いをコントロールしている

私は障害のある人のことは
よく知っているから
何が起こっても大丈夫なんですよ!

と伝えたい

そんなに気を使わないで
心配しないで

なんなら、なにかあった方が楽しいと思っているくらいなのに

でも
電車で隣合わせた人に突然話しかける
ことを私もできない

切ない気持ちでいっぱいになりながら

とくに何も感じていない表情で携帯をいじってる

そのうち無性に腹が立ってきた

なんで
障害のある子を世話する人とか
小さな子を抱える人とか

明らかに
そうでない人より普段から苦労している
人が

その上
周りの人たちに
なぜ
こんなにも気配りしなければいけないのか

降り際に見た親子の後ろ姿はよく似ていた
お父さんは髪が薄くなっていた

きっとこれから
あの髪が全て白くなっても
彼は息子の外出介助を続けなければならないだろう

沖縄で
小さい子を連れて旅したとき

離島に渡る船の案内人は
「ハイハイ、小さい人が先ねー」
と言って
私達親子を一番先に船に乗せた

今日の電車で出会ったことは
東京だから
起きたことなのだろうか?