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日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
一生、後悔し続けるだろう。
2016年08月16日 (火) | 編集 |
 異国を旅していたときのこと
 
 大都市の駅の階段をすぐ下りたところ
 ゴミゴミした町の中
 すぐ横には大通りがあって
 歩道にはたくさんの人が行き交っている

 そんな場所で

 その女の人は
 五歳ぐらいのとても細い足の男の子を抱えて
 道端に座り
 マクドナルドのジュースの空き容器を
 高く頭上に掲げていた

 物乞いだ

 私は
 なにがしかをその容器に入れたかった

 だけど
 現地の人は
 当たり前のように
 その女性の前を通り過ぎる
 誰も見向きもしない

 旅行者の私が
 彼らがしていないことを
 してもいいのだろうか

 どのくらい
 入れるのが
 正しいのだろうか

 まごまごと
 お財布を出しているのを
 見られるのは恥ずかしい

 そんなことを一瞬で思いめぐらしていたら

 私はその女性の前を
 何もせず
 通り過ぎてしまった

 

 次の日

 現地のツアーに参加した

 ガイドさんに連れられて歩いていたら
 また違う場所で
 違う物乞いにあった
 
 ガイドさんは
 当たり前に小さな額の紙幣をポケットから取り出し
 さりげなくその人の容器に入れた

 ああ
 それでよかったのか

 なんで
 昨日
 できなかったんだろう

 後で聞いたら
 ガイドさんは地方の出身で
 小さい頃はとても貧しかったのだという
 
 日本語も英語も話せる人だから
 多分、今は高給をとれているのだろう

 だけど
 貧しかった彼にとって
 物乞いの人は
 施す相手と言うより
 助け合うべき仲間

 そんなふうに思えるような
 さりげなさだった

 私が
 昨日
 あんなふうにさりげなくできなかったのは
 きっと
 そんなふうに考えることができなかったからじゃないのかな
 
 同じ人間なんだから
 気軽に分け合えばいい

 そんなふうに単純に考えることができなくなっている
 不自由な心をもっていたんだな

 それで
 一生悔やんでも悔やみきれない
 ミスを犯した

 わたしは
 あの女性に
 いくらか渡したかった

 けれど
 何もできなかった
 
 いつも
 誰かの役に立ちたいと
 切望しているのに

 どうして
 なにもしなかったのか

 きれいなホテルに泊まって
 おいしいレストランで食事をして
 飛行機に乗って帰ってきた私

 どうして
 いくらかでも
 彼女に渡さなかったのか 

 もう二度と
 彼女には
 会えないだろう

 一生チリチリと痛む小さな傷が
 また 
 もうひとつ増えた

 


 
 

 


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「頭」の人がいっぱい
2016年08月06日 (土) | 編集 |
最近の世の中には
「頭」が多すぎやしませんか

世の中を一つの体に例えると

頭のしごと、手のしごと、足のしごと とかがあると 私は思っていて

中でも 最近は

コンピューターやらなんやらができたせいもあって

それにきっと、みんなが「頭」のしごとはカッコいいし実入りもいいと思っているから

「頭」のしごとを好んでしまう

それでもう どんどん
「頭」のしごとばっかり いっぱいふえつつある気がするんだけど

でも

これがなんでかわからないけど

人として魅力的なのは、「手」や「足」のしごとの人っていう実感がある

偏見とか
身びいきとか

そういうのホント抜きにして
それから「頭」にも例外があるのかもしれないけど

「頭」のしごとのひとの話やふるまいは、ちょっと聞くだけだと
「おおなるほど」「すごいなあ」って思うんだけど

しばらくすると、あれ、「それほどのことか?」って思っちゃう
それになんかスケールがちっちゃいんだよね

でも
「頭」じゃない人が
狙わずに放ったひとことや、することなすことは、すんげえダイナミックで面白かったりする

そんで、

実は、

きっと広く言ったら「頭」のひとりな私は、

もしかして「頭」じゃない人の野放図なふるまいを、本人そっちのけで勝手に深く理解したりして、面白がったりしてるんだろうな

だせえな







地上の星 コミュニティワークってこのことかな 
2016年08月06日 (土) | 編集 |
 東京ホームタウンプロジェクトの、1DAYプロボノプロジェクトに参加しました。

 東京ホ−ムタウンプロジェクトとは、東京都福祉保健局のアクションで、
 1DAYプロボノプロジェクトというのは、サービスグラントが東京都とコラボして
 都内の地域活動グループに1日限りのプロボノを行うもの。

 プロボノっていうのは、自分の仕事スキルを無償で提供し、ボランティアすること。
 嵯峨生馬さんという方が、日本に紹介しサービスグラントを組織し、どんどん広まっているらしいです。

 このカテゴリーでは、
 今後、このプロボノ参加の記録を書いていきます。

 でも、これはあくまで私の主観的な記述であることを、お心に留めてください。
 それぞれの参加者は、違う感想を持っていることと思います。

 さて、でははじめます。
 
 今回私が参加したグループの支援先は
 東京都狛江市の
 野川/狛江 元気スクール
 山口正忠さんという80代の方が会長をつとめる、高齢者の体操グループでした。

 支援するチームのメンバーたちは、IT企業とか大手の会社とかコンサルタント会社とかで、バリバリ働いているビジネスマン&ウーマンたち。

 山口さんのオーダーは、自分たちのグループにはないビジネスライクな発想で活動の課題整理をしてほしいということだったのですが。

 見ると聞くとは大違い。
 百聞は一見に如かず。

 正直、高齢者の体操グループ、と聞いてそのまんまのよくあるイメージを描いていった私(ううん、たぶんメンバーみんなそうだったはず)は、山口さんの実践に、面食らいました。
 

 彼は、まず、その日、私たちのために地域で一番お勧めの店にランチを用意し、一人一人に大きめのファイルにびっしり詰め込んだ資料を用意してくれていました。
 資料の中には、これまでの経緯から、現在の活動報告、詳しい経費計算書、さまざまな補助金申請書類、派生して行っている新しい活動のあらましなど、団体に関するすべてが詰まっていました。

「こんなにきっちり、記録をまとめているなんてすごいですね。これは、何か書類提出の必要があって記録していたんですか?」
 とメンバーが聞くと、山口さんはだいたいこのような意味のことを言いました。

「グループを作って活動する責任がありますから、きちんと記録して管理するのは当然のことじゃないですか? 私の身につけてきた常識では、それは当然のことです」

 けれどそもそもは、79歳のときに参加した体操講座で「これからでも体力向上は可能」と痛感して、すると講師に「ぜひ継続的にグループを組織して」と言われ、講師のお膳立てを受けて始めた、頼まれ仕事とのこと。
 しかし、頼まれたからにはいい加減にはできないということで、ビジネスマンや公益団体理事だった過去の経験を生かし、そこからコンピューターの使い方を学び(!)、人間関係の調整、活動の開催管理、講師選定から、経理、市役所との交渉に至るまで、細やかに、本当に細やかに、全く無償のボランティアで、会長代行の方とともに、すべての参加者が満足できるように心を砕いて運営なさっていたのです。

 行く前のイメージでは、メンバーの方達は、おじいさんおばあさんたちのグループに対して、ビジネスライクなやり方で、根本から活動を整理してあげようと思っていたかもしれません。でも実際には、既に素晴らしい実践と記録があったので、課題整理そのものより、プロボノの成果をエクセルとパワーポイントに入力したことのほうが、山口さんにとっては有益だったんじゃないかなあ。



 私が個人的に衝撃を受けたのは、資料の最後に、ひっそりと山口さんが忍ばせていた、企業の提供する営利目的の教室と自主グループの教室の比較対称表。

「恥ずかしいから、最後にちょっとね、入れときました」
 
 そう照れ笑いしながら、彼は、このような意味のことを、だけど、力強く伝えてくれました。

「自主グループで運営したら、企業による営利目的の教室よりずっと少ない費用で、ずっとレベルの高い、満足できる内容のものが、高齢者に提供できるんです。高齢者は、みんなそんなにお金ないからねえ。僕は、これをきちんと形にして、『野川方式』と名付けて、広く誰もが実践できるよう広めたいと思っているんです。」

 ボランティアで、これほどのビジョンで、利他の活動を続けている。

 これをコミュニティワークと言うんじゃないの?
 多分そうですよね?
 名刺をきらしていた私は、後日山口さんにご挨拶のメールを差し上げたさい、こう書き添えました。

「どうぞ、自主グループ憲章作りに挑戦して、富山方式、山口方式(これは東京都の人に最近福祉業界で注目と教えてもらいました)に続く、野川方式を創ってください!」

 こうやって書いていても、胸がアツくなってくる。

 山口正忠。
 
 最後の成果発表会では、彼を、メンバーのビジネスウーマンの方が「スーパーおじいちゃん」と表現していました。
(ちなみに、他のチームも、それぞれスーパーおじいちゃん・おばあちゃんに出会っていたらしいです。)

 すごいコミュニティワーカーに会えました。
 私は、ファミリーライフエデュケーター時代に出会った、たくさんの人たちのことを思い出しました。
 誰に知られることもなく、だけど、地域のために様々な工夫を凝らし活動するたくさんの人たちのことを。
 町中でも、電車も通っていない田舎でも、いろいろな自治体に呼ばれて仕事に行くたび、むしろ、呼んでくれた方たちの、素晴らしい実践に感動した日々。

 プロボノをすることで、あの頃の感動の日々が、また始まるんじゃないかって気がしています。