日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
「××ってなあに?」
2016年05月05日 (木) | 編集 |
 小学校の1,2年生って、意外なことを知らなくって、いつも平易な言葉で話しているつもりなんだけれど、ときおり「まさか、それも知らなかったか!」と思うことがあって、びっくりする。

 そんな時、子どもはいつも「××ってなあに?」と首をかしげて私に聞く。

 その様子が愛らしいことといったらこの上ない。

 こちらがていねいにせつめいすると、

「あー」と言いながら得心したような顔をして、うなずきながら去っていく。

 また、この様子も可愛らしいことといったらない。

 日常的に、こんなふうに、知らないことを教えてあげられて、
 その上、ペタペタと懐いてもらえて、
 
 しかも給料もらって。

 最高の仕事だ。

 小学校って本当に素敵な空間だと思う。

 

 だけど、世の中には、地域の公立小をあえて拒否する人もいて。

 ある親は私立学校に
 ある親はNPO法人に
 あるいは国立学校に

 子の教育を託す。

 そこには、
 ものすごくざっくり言ってしまえば、
 公立小では飽き足らない、という心情が
 やっぱりあるんだと思う。

 私も、ずっと思っていた。
 根拠もないまま、
 公立小より、たとえばシュタイナー教育のほうが、素晴らしいんじゃないかって。

 公立小では、カリキュラムに縛られて、
 自然遊びの機会も少なく、
 探究する熱意も奪われ、
 詰め込み型の学習を強いられているだけじゃないのかって。

 でも、
 うまく言えないんだけど、
 もしかしたら、そんなに差がないんじゃないかって、
 今は思い始めてる。

 公立小の先生だって、
 いつも、
 子どもに、生き生きとした学びを提供しようって、
 頑張っているから。

 地域の大人たちも、
 いつも、
 魅力的な学びを、ボランティアで提供しようと
頑張っているから。

 どこにいたって、

子どもはわからないことは
「××ってなあに?」
 ってきいてくるし、

 わずかな休み時間に、
 校庭の片隅の、
 ほんの小さなビオトープで、
 毎日のびるを採り続け、オタマジャクシを追いかけている。

 うちのクラスのある子は、もう1年以上、迷路の制作に没頭し続けている。
 (先生の目を盗んでは、授業中にも書こうとして怒られるw)

子どもの学ぶ力ってすごい。
それを信じれば、

 お金を注ぎ込んで、
 わざわざ、
 公立小を避けなくてもいいんじゃないのかなあ。

 って思ってしまう。

 そうはいいつつ、自身の拙さゆえに充分なクオリティの学びを提供できていないことには、
 毎日密かに背筋が震えている。
 考えると怖いから、そうっと、少しずつだけその現実を見る。
 そして、ちょっとずつだけ、直していく。

だいたい
「××ってなあに」って聞かれること自体、
子どもの知識の範囲や認識を把握していない証拠でしょう。

可愛い!なんて喜んでいる場合じゃないよね。

でも、もう
たまらなく可愛いんだから仕方ない。

教員って、
働きながら、
学ばせてもらっている、

丁稚奉公システムだよな。
っていつも思う。

東京都の旦那様、
あと10年ほど奉公させていただきますww