日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
特別支援的配慮は、大事だけれど大事じゃない。
2015年11月14日 (土) | 編集 |
 アスペルガーを含む自閉症スペクトラムを持つ子から、家庭環境の複雑な子まで、特別支援的配慮を含む児童がいる。
 
 その特性に見合った配慮はものすごく効果的だし、絶対的に必要だと思う。
 たとえば、時間を視覚表示できるタイムタイマーや、わからない時間を与えないわかりやすく隙間ない課題提示や、困った子は困っている子として見る視点だとか。
 そして、その子の善いところを見つけ、その子を褒めよう、認めよう。っていうのもわかる。だいじなのも知ってる。

 だけどそれだけかよ?って思うんだ。

 こころをこめてやっていると、
 ときには、
 とくべつしえんてきはいりょなんてどうだっていいよっ!
 っておもうことがある。

 私たちは愛を持って子どもを育てているんだ。
 
 我慢する力が弱い子でも、
 家で辛いことがある子でも、
 私は、
 許されないことは許しちゃいけないと思う。

 直感的に、そういうのは叱らなくちゃいけないって思う。
 それが私の愛。

 叱るべき時に 「この子だから仕方ない」とはっきり叱らずに
 褒めたり認めたりばかりでいいのかな。
 
 それは逆に、その子と対等な関係で対峙していないような気がするの。 
 他の子と分け隔てしていることになる気がする。

 


 冷静に言えば、

 つまり、特別支援的配慮を意識せず自然にできるくらい身につけた上で
 それを超えた、人間的なぶつかりあいを、心を懸けた関わりをしたいっていうことなんだろうな。

ちょっとえらそうだったでしょうか…(*´ω`)┛


 
保育士に預けるなんてもったいない
2015年11月08日 (日) | 編集 |
 乳幼児の子育てについて発言をしている大物の方とお話しする機会があり、そういえば…と思いだしました。

 女性を社会で働かせようというムーブメントの波にのって政府の保育所増設方針が出た影響なのか、経済状況の悪化によって母親も働かざる負えない状況が生まれたせいか、最近は子どもが赤ちゃんの頃からの保育所利用を考える女性が多いそうです。

 それで私自身の子育てのことを、そういえば…と思いだしました。

 私は「0123歳のこの一番可愛い時期を、保育士さんに育てさせちゃうなんて、もったいない!」と思って、自分で子どもを育てました。もとい、自分の手許に置きました。(育てたというほときちんと世話をしていなかった(-_-;))
あれは本当に幸せな日々だったと思う。

 普通に暮らせるだけの世帯収入があったからできたことかもしれませんが、もしかなり貧しかったとしても、私は可能な限りこちらの選択肢をとったと思う。

 だまされないで。

 女性が輝くというのは、なにも社会で働いていることと同義ではありません。

 いろんなやりかたがあっていい。
 ここに書き尽くせないほどのいろんな選択肢から、自分らしい方法を、後悔しない選択肢を 選んでほしいと思う。

 永遠に続くかと思われる0123歳児との暮らしは、確実に、じきに終わりを告げるから、
事情が許す限り、一緒にいることを私はお勧めします。

 ただし、家庭で子育てを選択した場合にも、週1回くらいのお預かりはほしい。
 これ、ぜんぜん贅沢じゃないですよ。
 むしろ権利だって、私はもうず――――と前から言っている。
 乳幼児の世話は、この上なく幸せな仕事であると同時に、休みが必要な仕事でもある。
家で子どもを見ている世帯は、保育所に子どもを預けている世帯に比べて、社会費用のかけられ方が少なすぎるんですから!
週1回くらいの保育費用助成くらい、フル保育所利用世帯に比べれば、ぜーんぜん少ない社会費用だと思うんだけどなー!ついでに家族支援もつけて。

 本来、お父さんが働きお母さんが家にいるのが当たり前だった頃に、お母さんさえ働かなくちゃ食べていけなくてほっとかれている可哀相な=保育に欠ける子のための施設であるのが、保育所。

 でも今は、お父さんだけでも充分食べていけるけど、お母さんも自己実現のために働きたいから保育所利用したいという世帯も少なからずある。共働きという保育要件を満たすからって、そういう高所得世帯が社会費用をたくさん使って、低所得の片働きが社会費用をかけてもらえないっておかしくない? 親が子を育てるっていう本来的な営みを選択したほうが損するっておかしくない? 
 きっと、時代が変わったのに、法律が変わらないから、おかしなことになっているんだ。
 男女平等と女性の社会進出が進み、地域が消えて弧育てが普通になった今の現状に合わせて、法律も変えてもらいたい。お母さん(か、お父さん)が働かずに子育てすることをを選択した世帯にも、社会費用をかけてください。

 乳幼児の子育て家庭に週1回の安定した保育と家族支援を提供すれば、児童虐待は確実に減りますよ。







 


保育士資格取得マラソン
2015年11月08日 (日) | 編集 |
 春から、手をつなごで、保育士資格取得マラソンを始めて、好評のうちにこの秋に終わらせていただきました。

 また来年1月応募が始まるので、2016年度もこの講座は続きそうです。

 そんななか、練馬区内の当事者(母親)団体も、この秋から、保育士取得応援講座を始めたとのニュースが。
 コンセプト、ほぼ同じ。
 パクリかもしれないし、偶然かもしれない。
 どっちにしても、こういう動きが増えるのはとっても良いことだと思います。
 どんどん広がれ~。

 でも、こーいうプログラムをいっちばん最初に思いついたのは、この私だぞーと、ここでささやかにえばっておこう。
 だからどうってことはないんだけど。家族支援のコンセプトは、「コミュニティに役立つことならどんどんシェアしよう」ということと私は理解しているので、知的財産保護とかアイデアの無断使用とか、そういう考え方とは無縁ですから…。
 
 そういえば、学校の先生もそうだ。
 授業のアイデアとか、子どもの動かし方とか、自分が思いついたり開発したりしたそういうの、どんどん「使って使って」って言ってくれて、しかも、手作り教材とかも惜しげもなく貸してくれる。私が思いついたのよ!なんて1ミリもこだわっていないんだよな。
 だから、教師業界には、いつか誰かが思いついたアイデアや、いつか誰かが作った教材やワークシートが、学校を超えてやりとりされていて、使えるものは淘汰されて残っていくという、なんというか、素晴らしいストリームがあるのだ。
 
 だいたい、かんがえてみればさあ、日本はそれでやってきたんじゃないの?
 そもそも著作権なんて、欧米の発想でしょ?
 もしかしてアジアにはそんな感覚ないんじゃないかなあ。
 
 だって、昔、「武器より楽器を」でおなじみ(?)の喜納昌吉さんが、「花」(♪なきなさーい~わらいなさーい~ っていうあのうた)が、アジア中ではやっていて、でも、著作権っていう観念がないから、印税は全然入ってこないって笑っていたのをテレビで見たことあるもの。
 考えてみれば、中国の海賊版問題も、同じ感覚なのかなあ。にほんで「とんでもない」って怒っているけど、そもそも悪事という感覚がないのでは?…

 私も、この子育て支援業界界隈では、いろいろ思いついて言い出して広まったことあるんだけど、
 私の場合は、それらも、私が始祖だということを日本ですら知られていない。
 というか私がだぶんそうじゃないかなーって思っているだけだもんなー。とりあえず、最初に言い出したの私だと思うんだけどなシリーズがまた一つ増えた。


 すみません、話がそれました。


 さて、話を戻して。


 保育士資格って、お金かけて学校行かなくても、ユー××講座受講しなくても、一定の条件を満たしていれば(大学卒とか、中卒、高卒なら児童福祉視閲での勤務経験があるとか)、何歳でも受験できて、しかも数年かけてとることも可能だから、全然、独学で取れるんですよ。
 
 しかも、保育所だけでなく、一時預かり、ひろば、養護施設、学童保育など汎用性があって、
 しかも、一生使える。
 しかも、今は空前の保育士不足。
 わが手をつなごもフレキシブルに働ける保育士さんを必要と感じることが多いです。

 しかし、そういう情報は意外と知られていない。

 そこで、潜在的に保育士資格を取得したい、取得できそうという人のために、とこのプログラムを始めました。
 もう全く採算無視ですよ。ボランティア、社会貢献企画です。運営側は一切ギャラもらっていないんだもの。


 ちなみに、小学校教員も、
 通信教育で取得できて、
 しかも東京都など一部の自治体は、60歳まで受験可能で、
 しかも、今は空前の代替教員不足ですから、
 正式採用されなくても臨時採用は、絶対ある。

 こっちも相談に乗りますよ~。