日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
「同室保育システム」(香川の思い出)
2014年11月30日 (日) | 編集 |
未確認ではありますが、たぶん「同室保育システム」を始めたのは、私ではないかとひそかに誇っております。

あれは1993年のこと。

家族支援を志しながら、なにをしてよいかわからず、ただ図書館に通いまくり、大学を訪ね、講演を聞き…などをしていた当時の私の様子を見て、最初の子を取り上げてくれたお産婆さん・平野艶子先生が「子育てのことを勉強しているんなら、勉強会をやったらいい」と、自身の経営する保育園の多目的ルームと軍資金2万円を、ポンっと私に提供してくださいました。

これが私のおやしえんの本格的スタート。

平野先生命名の「子育て勉強会・楽しい子育て!ひよこの会」は、こうして生まれ、以後私が香川に住み続けていた4年の間、月一回、毎回20名前後の母親たちを集め開催され続けました。一度登録して欠席した人には、つうしんを送り、最終的に仲間は100人近くになったのではないかなあ。残念ながら、その後しばらく続いてフェードアウトしてしまったのですが…。

会の内容は、こんな具合。

私がファシリテーターを務め(当時はファシリテーターという言葉も定義も知りませんでしたが、今振り返ると、それ以外の何物でもない!)、みんなが、子育ての悩みや質問、そしてアドバイスを持ち寄り話し合います。母だけで解決しきれないことには、平野先生が答えてくださり、それでも残った課題や、話せなかった話題は、私が調べて、つうしんで答えました。つうしんには、他にも、様々な世界の子育て理論をかみ砕いて載せたり、予防接種などのトピックを取り上げたり、地域情報や先輩のアドバイスを載せたり、うーん、今振り返ると、けっこう充実した内容だったなあ。
まだPC普及前で、手書きのコピーを封筒づめして送っていたのよ…!(^^)!

驚いたことに、この時は意識していなかったけれど、これって、後にライアソンで学んだ「ファミリーライフエデュケーション」の手法そのもの。

こういうことってよくあるんです。

日本の小さな町で行われている、お母さん当事者や地元の子育て支援者のオリジナルの実践が、家族支援理論にピッタリ合致しているってこと。
まあ、当たり前って言えば当たり前なんですけどね。
どちらも「一番有効な支援」を模索してたどり着いた結果なのですから。

余談でした。
今回のテーマは「同室保育システム」でしたね。

さて、私たちの実践と同じとはいえ、
北米のファミリーライフエデュケーションは、支援センター主催の公共事業で基本的に託児つき。
当時の日本に子育て支援はなく、私たちの会はボランティア活動ですから託児者を雇う余裕はありません。
そもそも、託児自体がまだまだ日本では一般的ではなく、「自分の都合で子供を預けるなんて」と後ろ指さされる雰囲気さえありましたからねえ。

そんなとき、なにかで知り合った山本さんという女性が、
「お母さんたちが話をしているとき、子どもたちを見ていてあげましょうか」
と言ってくださったのです!

彼女はほぼ毎回、ボランティアで私たちの会にきて、
母たちが夢中になって話をする傍らで、子どもの遊び相手をしていてくださいました。

これが「同室保育システム」のスタート。
彼女がいないときには、古株やレギュラーメンバーが、話の輪に加わらず、自分の子どもとともに、他の子たちも見ていました。
これだと、母達は安心して子供から目を離しておしゃべりができ、子どもたちは母から離れて遊びたいときは遊び、母親に甘えたいときは甘えられます。ひとしきり遊んだらママのおっぱいを飲んでまた遊びに行くというツワモノ達もいましたっけ。

当時は、保険を掛けるなんていう発想もなかったし、事故の責任は誰が、なんて考えたこともなかったです。幸い何事もありませんでしたが、何かあったとしても、田舎の人間関係では、子どもを見ていた人に責任を問うなんて発想はなかったでしょうが…。
ただ都会だとか、見ず知らずの間柄だとかではそういうわけにいかないかもしれませんね。
でも、親が「同室」にいるわけですから、”責任の所在は必ず親に帰属する”という誓約書さえあれば、このシステムは、どこでも誰でも成立すると思います。

さきほど、これはファミリーライフエデュケーションそのものと書きましたが、こういう手法以外にも、ファミリーライフエデュケーションの方法は多種多様にあります。
そこで、ファミリーライフエデュケーター資格を取得し、社会教育行政や団体とお仕事するようになった時(つまり公民館講座や地域母親支援を依頼されるということ)、この「ひよこの会」形式を、私は「子育てトークショップ」と名付け、提供するようになりました。
この時は北米と同じように、公費で託児が付くので別室保育でやりました。

しかし、これを読んだ方が、かつての私たちのようにボランティアで「子育てトークショップ」をするのであれば、「同室保育システム」がお勧めです!








うんざりだ2(見つからないように隠れましょう)
2014年11月29日 (土) | 編集 |
ウエスタナイズされた街並みのほかに、
私にはもう一つ、うんざりしていることがあって。

それは、

情報。
それも、すこぶる有益なやつ。

世の中に情報が溢れているというのは、もう言い古され使いまわされた嘆きだけれど、

わたしがうんざりしているのは、

中でも、
私にとって大切でためになりそうな、知らないではいられないと強く魅かれてしまうような
そういう、素晴らしい情報たち。

情報に翻弄されてしまうとき、

ずっとずっと昔に、児童書の大家・ケストナーが示唆したように、

もう、言葉ってものがあること自体が不幸の始まりなんじゃないかってすら
思うことさえある。

つまり、どういうことかというと、

魅力的な言葉で彩られたそれらが
私のアンテナに飛び込んでくると、
「知りたい」
「見たい」
「行きたい」
「逃せない」
と思ってしまって、

それで結構な時間を費やしてしまう。

それはかならず、
知って損はないことで、むしろとても有益で、

知らなかったことを知り、
賢くなれて、
視野も広がるのだけれど、

代わりに

生まれたままの、
荒い魂の塊は、
どんどんソフィスティケートされてしまう。

そして、

荒い魂の塊が、
何も知らずに転がり続けたら、
行き着くはずだったところから、
どんどん遠ざかってしまう。

そんな気がするのだ。

もう、
この20年間くらい、

つい外の世界を旅して、
魅力的な情報の渦に吸い込まれそうになっては、

慌てて閉じこもり、
家の中に逃げ込むのだけれど、

また、咲き誇る情報の花畑がちらちら見えると、気になって、
つい、のこのこと外に出て見に行く。

ずーっとその繰り返し。

そして、
その繰り返しに疲れて、

今は檻の中で
檻に囲まれていることに安心して人生を愉しもうとしているのだけれど、

このIT社会化のおかげで、
美しい情報は、檻の中にいる私にも届いてしまう。


あーあ。


もう
この20年間くらい、

いつも同じ歌のフレーズが
私の頭に鳴り響いているよ。




♪情報が溢れてる世の中で
 溺れないように気をつけよう

 見つからないように隠れましょう
           (THE真心ブラザース「頭の中」)








うんざりだ(ネオお洒落について)
2014年11月24日 (月) | 編集 |
最近、
都会がすっかりウエスタナイズされてしまって
洒落たカフェが溢れるほどあって
うんざりだなあって思っている。

漢字さえなければ、これじゃあヨーロッパとどこも変わらないじゃないかって
オモハラなる辺りにいると思う。

アジアのまんまのほうが、
ニッポンのまんまのほうが、
カッコいいのになって思う。

和がダサい。
とかつて確かにみんなが(私も)思っていたから、
こうなってしまったのは仕方がないのだけれど。

もう気づいていい。
私たちの美しさに。

瓦屋根
  合掌造
     白壁
       黒塀
         檜

         あと、ちゃぶ台に畳。

そういうの。

旧き良き日本。

でも、もっと言っちゃえば、
それさえもやっぱお洒落じゃない?

和がお洒落だと気づいている人がすでにいるからなあ。

たぶんまだ誰も気づいていなくて、
私が今一番素敵だなと思うのは、
昭和50年代くらいに建てられた、武骨な公民館。
ぐおんと音がしそうな、しかくいボタンのついている、灰色のエレベーターがありそうなところ。
つるつるした床と、アスベストが出そうな壁と。
ガラスの重たい入り口。

「お洒落」が溢れると、「お洒落」が普通になって、
むしろあの公民館がネオお洒落だと思うわけよ。







びっくり! Aをもらったよ!
2014年11月03日 (月) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑩

 最初の科目「コミュニティエコノミックディベロップメント」でC以上の成績が取れたら、家族支援職資格課程への入学を許可してあげる、とコーディネーターに言われていたので、私は死に物狂いで頑張りましたよ。

 大学は出ているとはいえ、英語も英会話も、ほぼほぼ錆びついている状態で、パソコンの使い方をほとんど知らない状態から始めたんだから、もう恥も外聞もなく、文字通り必死ですよ。

 下手くそな英語を恥じる暇もなく、レポートも宿題も質問もディスカッションも、すべて締切通りに、クラスの誰よりも多く出しましたよ。
 
 ディスカッションでは、クラスメートの英語が訳せず泣きそうになって、それがのちに、そのクラスメートの英語がめちゃくちゃだからと分かり(どうも移民の人らしい)、なんだ、みんなそんなもんかとちょっと安心したり、逆に、すでに家族支援で活躍していて日本人にも名前の知られている人がクラスにいることを知り驚いたり。
 いろんなことがありました。

 まあ、とにかく、そうこうして怒涛の三か月間をのりきって、最初の科目が修了。

 そしたら、なんと、Aがもらえたんですよ!

 これにはホントに驚いた。
 トム先生、ありがとう!

 さっそく、コーディネーターに資格課程の入学申し込みメールを送った私。
 しかし、向こうからうんともすんとも返事が来ない。

「やっぱりだめだったのかな」
 根拠もなくしゅんとする私。
 でも、約束は約束のはず、とおそるおそる家族支援職資格課程のプログラムアシスタントという人にメールを送ってみる。

 そしたらすぐに返事が来て、
「今コーディネーターの教授は集中講義で忙しくしているけれど、それが終わったら、私がつかまえて、なんとか返事をしてもらうから」
 と、頼もしいお返事が!

 それから、三年、彼女とはメル友状態でPCを通じていろいろな話をするようになり、後にカナダに卒業証書をもらいに行ったときに、直接会うことができたのでした。
 
 しばらくすると、念願のコーディネーターからのお返事が。

 恐る恐るメールを開けてみると
「よく頑張りました。もちろん入学OKですよ。これからは何でも相談しなさい」

 と、最初になんとか断ろうとしていたコーディネーターから、うってかわった温かい言葉が並んでいる。

 私はこの時
「そうか、ここでは頑張った人が素直に認められるんだなあ」
 としみじみ思ったのでした。