日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
「『楽しかったです、また行きたいです』って書いとけ!」
2014年06月20日 (金) | 編集 |
備忘録。

長男が小6で次男が小3だったころの話。

次男の社会科見学の前日。なぜか浮かない顔の次男。

「どうしたんだよ」
「明日社会科見学なんだー」
「へえ、そうなんだー、楽しみだな」
「うん、”めあて”さえなければねー」
「あー(長男大きくうなずく)」
「かならず言われるじゃん、『今日のめあてはなんですか』『めあてをもって行動しましょう』って」
「そうだなー」
「でしょ。めあてさえなければ楽しいのになー」
「まあな。しょーがねーよ、学校なんだから」
「なんで、学校ってめあてあるのかなー」
「まあなー。うぜーよなー」
「あとさ、帰った後にも感想書かなくちゃいけないじゃん。おれ、あれも苦手なんだよ」
「ばかだな、あれは書き方決まってるんだぞ」
「え?」
「お前考えて書いてたのか?」
「うん」
「そんなの考えることねーんだよ。『楽しかったです。見学のとき、お話を聞いて、とてもためになりました。めあても頑張りました。また行きたいです。』って書いときゃいいんだよ! かんたんだろ?」
「そうか! おにいちゃんありがとう」
「まかせとけ! それ、どこでも使えるからな」
「わかった!」

 こうして次男は、晴れ晴れとした顔で、社会科見学に出かけたのでありました。


非言語的表現の行方
2014年06月20日 (金) | 編集 |
 今日は校内授業研究会の日。今年は国語。

 若手の先生が物語作品の授業をして、学校中の先生がその授業を検討し、招いた大学の先生が指導講評する。

   ねらい
        授業の組み立て
                         範読     音読指導
  物語の読み取り
                             子どもの表現      登場人物の気持ちを想像    
              子どもの実態

  etc  etc  

 活発に議論が交わされ、
  たくさんの学校用語が、私の頭の上を飛び交い、踊り狂う。
 そして、
 講師の先生からは、理論を駆使した児童文学分析と授業への助言のシャワー。

 そんな中、
 私は、先生方と肩を並べて、その会議にあたかも参加しているようなふりをしつつ、
 実は、頭の中だけは一人ぼっちで、こんなことを考えていた。

 そもそも文学の深い感動なんて、言語化できないのではなかろうか。 

 少なくとも私は、素晴らしい作品に出会った時、 
 せいぜい
「いいんだよねえ、わかるでしょ?」
 くらいしか表現できない。
 この感動を表現するのに、安易に言葉というツールを使いたくないと思ってしまうのだ。
 素晴らしい作品に”くらった”ときの、心の奥に突き刺さる、あるいはじわじわと広がるあの感じは、どんな言葉を使ったとしても、言語化した時点で陳腐になってしまうような気がするのだ。

 だからいつも「いいよねえ、わかるでしょ」なんて、逆になんだかよくわからない表現になってしまう。

 文学自身も、文学は言語による表現だけれど、書き手は、読み手には非言語的なものを非言語的な塊のまま持って行ってほしいと、そういうふうに味わってほしいと思っているに違いない、と私は信じている。

 しかし。

 そういう考えの延長線上には、物語を「学習」することの否定しかない。
 物語を非言語的感覚だけで受け止めるべきといってしまったら、
 この研究会そのものがナンセンス化してしまう。

 物語の授業では、物語で感じたこと思ったこと、登場人物との同化体験のすべてを、言語化しなければ始まらない。
 研究会では、言語化され、記述された子どもの反応しか検討することはできない。

そこでは、

 ワークシートに先生や講師が喜ぶような言語表現で思いを語れる子、ユニークな呟きを披露した子は話題にあげられるが、

 目には見えない、言語化できない、深く心揺さぶられる思いを抱えたまま、鉛筆が止まる子は、

誰にも気づかれないまま。

彼(彼女)は、

 たぶん学校では評価されない。

 物語は、ここ(学校)では分析され吟味され、読み取りや感動は、必ず言語化されなければならない。

 だけどときどきさあ、
 この学校的活動の中で、
 非言語表現を超える言語表現を魅せてくれることがあるんだよ、子どもって。
 あれはもうほんとうに、たまんないっす。


 



 


 
刹那
2014年06月18日 (水) | 編集 |
 いつも
「マミちゃんは、今やりたいことしか、今の状況しか、考えられないんだから」
 とたしなめられてきた。

 周りから見ると、 
 私は、何かを今やりたいと思ったら、すぐやってしまう考えなしの性分らしい。
 それがその後どうなるかとか、長い目で見たらどうすればいいかとか、
 そういうことが考えられないという。

 確かに。 
 
 たとえば、
 子どもが小っちゃいころは、それが永遠に続くと思っていて、
 その状況での生活設計ばかりを考えていた。
 三歳の舌足らずな末っ子を抱え、年端のいかないその姉兄とまみれているという状況が続く前提で、人生を考えていたのだ。
 
  だけど、
 時は誰にも同じように淡々と過ぎてゆき、

 小さかった子どもたちは、
 もうどこにもいない。
 
 我が家の居間で、
 私の目の前を通り過ぎるのは、
 
 声変わりのすんだ、肩幅の広い背の高い中学生や
 筋肉の塊のような坊主頭の高校生や

 そして、すっかり大人になった巻き髪の女子。

  子供は育つのだ。

 当たり前なのに、気づかなかった。
 
 まともなひとは、
「まさか」
 と思うんだろうな。
「そんなはずないでしょう」
 って言うんだろうな。

 でも、私は、子どもが大人になることに気づかなかったんだ。
 子育てが永遠でないことに気づかなかったんだ。

 もちろん、知識としては知っていたよ。
 けれど、
 それに不思議と気づかないんだよ。

 なぜっていわれても、
 そうなんだからしょうがない。

 ありえないって言われても
 感覚としてそうだったからしょうがない。

 でも、今ならわかる。
 経験したから。

 私の小さな愛し子達は、もう画像の中にしかいない。

 子どもは大人になってしまうのだ。   



 そう考えると、

 先生って、なんて素敵な商売なんだろうと思う。

 たくさんの子ども達の、
 育つ途中の、
 輝ける小学生時代に
 こんなにたっぷり寄り添っていられるのだもの。

 数年経ったら、あの子たちの今は消えてしまう。
 まるで別人みたいに成長してしまう。

 だけど今は、

 子ども。
 今しかいない、不思議な人間。
 全力で生きることしか知らないひとたち。

 かけがえのない小学三年の時期を、
 一緒に過ごさせてくれてありがとうね、みんな。

 

 ああ。もっと楽しませてあげなくちゃ。


 
 
イメージで語るな(世の中はイメージで動いてる)
2014年06月16日 (月) | 編集 |
 用があって東京都教育委員会のサイトを見たら、学校カウンセラーの募集が載っていた。

 日給 四万四千円だってよ。

 何人もの学校カウンセラーさんと仕事してきたけど、そんなにもらってたのか、あの仕事…。

 こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど、
 そんなお金があるなら、
 そのお金で、教材プリントの印刷とか○つけとか提出物チェックとか教室掃除とか安全点検とかするバイト雇っておくれよ。
 日給一万円もあれば雇えるよ。正確には、時給千円でも日給八千円だよ。だから、四万四千円あったら、毎日雇えるよ!!

 パーラダーイス!

 そしたら、担任自身が、もっと、子どもたちやその家庭と話をする時間が取れる。

 私が子どもだったら、自分の先生に相談したいよ。
 親だったとしても、先生とじっくり話がしたい。

 だって、教師も親も、毎日毎日たっぷり子どもたちと過ごしているんだもん。 
 カウンセラーさん週1回しか来ないし。
 1~6年まで全部見るから、ひとりひとりなんてちらっちらっとしか見れないし。
 べったり一緒にいて、毎日格闘している私たちのほうが、
 その子の本質をわかっているんじゃないのかなあ。
 有意義な話ができるんじゃないのかなあ。
 そっちのほうが手っ取り早いんじゃないかなあ。

 百歩譲って、当時よく言われていたように、担任と子どもと親以外の大人がいたほうがいいとしても。
 
 週一回来て、ちょろっと子どもの様子見て、親と1時間の面談をして、担任に報告する。
 それって、そんな大金かけてするべきことかなあ。
 もっと別の安上がりな方法で、なにかいい方法があるんじゃないか…?
 


 

 でもさあ。
 
 懺悔するけど。

 私が市民だったころ。

 学校にカウンセラーがはいれば、いじめは減る、効果がある、みたいな風潮があって、実は私も、それに大賛成していた。

 いじめ自殺などが社会問題になって、
 私みたいな人がどんどん増えて、
 発言力のある人たちも、また、それで利益が見込める人たちも、
 みんな「学校にカウンセラーを」と言い出して、

 学校の先生が勉強を、カウンセラーが心のケアを、なんてイメージしてさ、

 世の中の空気がなんとなくそれで流れて行ったからこそ、今の制度があるわけで。

 私も、当時、このことが決まった時、「学校にカウンセラー導入か。そりゃよかったよかった」なんて思ってたもんな。

 今、学校の中から眺めてみると。

 こりゃ違うなって思うよ。

「学校カウンセラー」って、そんな魔法の杖じゃなかったわ。
どんなに腕のいい魔法使いだって、週一回来るだけで全学年のケアなんて、そんな魔法が使えるわけがない。

 ナンセンス…。





つくづく、世の中ってイメージで動いてるんだよな。

このことだけじゃなくて
あのこともそのことも…、あれもこれも…。

目を凝らして周りを見廻すと、あーあ、もう、そんなことばっかりだ。












 

 
 
いんたあ・びゅう
2014年06月15日 (日) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑧

 通信教育といえども、テキストを読んでレポートを書けばいいってもんじゃないのが、この勉強の面白いところ。

 宿題をこなすためには、face to faceのコミュニケーションをたくさんしなくてはならない仕組みになっている。
 
 たとえば、自分が支援のターゲットとするジャンルの人々に直接会ってインタビューをして、そのリアルな状況をまとめて報告するという宿題。
 
 コミュニティワークをするためのすべての情報が詰まっているサイト(Community tool box)の中のインタビューについてのページ(こんなのがあるんですよ!)をたっぷり読んで、インタビューの意義と心得をしっかり把握してから、いざ出陣。
(ちなみに、簡単な英語なので、このサイト(Community tool box)は、本当にお勧めですよ!!!)

 この宿題をするために、私がターゲットに選んだジャンルは、0-3歳の子を持つお母さん。しかも、今仕事(ぺイドワーク)を持っていない人。
 ママ友がいっぱいいるからインタビュイー(インタビューされる人のこと)探しは楽ショーと思っていたんだけど、改めてお願いすると「えー、勘弁して―」って辞退する人の多いこと多いこと…。

 そんな中、インタビューを受けてくれた人のなかで一番印象深かったのは、ドイツからのお嫁さん。

 初めて会ったとき、美しい金髪と青い目の美貌の彼女を見て、また、新進の芸術家で東京芸大講師の妻と聞き、勝手に「瀟洒な洋館で優雅な暮らしをする、自分とは住む世界が違う人」と勝手に想像して、あまりお近づきにならなかった。

 だけど、インタビューを軒並み断られる中、あまり親しくない彼女にお願いしてみたらOKとのことで、彼女とじっくり話をすることになった(彼女はドイツ人だけど英語が堪能)。

 そして、インタビューをしてみたら…。

 まったく、人は見かけによらない。
 話してみなければわからない。

 この宿題の醍醐味が、わかった。

 なんと、予想に反して、彼女、幹線道路沿いの騒音と排ガスの激しい古ぼけた狭いマンションに住み、夫の稼ぎだけが頼りの日々。
 しかし講師である夫の給料は少なく、夫の両親の反対を押し切って結婚し単身来日したので夫の実家には頼れず、自分も、異国の地で小さな子を抱え働くすべはないから、必死でやりくりする暮らしぶり。 
 二人目を身ごもった時には、バスの乗り方もわからないから、ベビーカーに上の子を乗せ、なんと45分間も歩いて産院に通っていたのだという。
  夫とのなれ初めは、彼女が通っていた美大に彼が留学し、友人としてドイツ語のレクチャーをしてあげたのがきっかけだそうだが、ドイツでは優しかった夫も、日本の戻ったら典型的な日本人夫になってしまい、今はあまり協力的ではないという。

 そんなわけで、異国の地でたった一人で子育てしていた彼女は、やっと、英語の堪能な私の友人に話しかけられ、挨拶以上の関係の人ができたそうだ。で、なんとか英語でコミュニケーションできる私も、友人の輪に加わったというわけ。
 
 インタビューをしていくと、もっと驚く事実が明らかになった。

 彼女は、もともとドイツでは美術史を修めシュタイナー学校の講師の経験も持ち、ニュールンベルグの街づくりにも携わっていたというのだ。また、彼女には知的障害のある姉がいて、その存在が、彼女の考え方に大きく影響しているとのことだった。

 そんなキャリアの持ち主が、異国の地で貧乏暮らしをしながら、たった一人で二人の小さい子を育てていたんだね…。

 私のインタビューテーマは「生き方」。自分はどうやって生きてきたのか、これからどうやって生きていくのか?を問うものだったのだけれど、彼女は「話しているうちに自分がどんどん元気になっていくのがわかった」という。

 そして、インタビューからしばらくたったある日、私と英語が堪能な友人は、彼女に呼び出された。

 なんと彼女、「自分で講座を開きたい」と言い出した。
 タイトルは『やさしいドイツ語で美術探索』。
 有史以前から現代にいたるまでのヨーロッパ美術史を、実技を交えながらドイツ語で解説する、と言う。

 私たちは反対した。
「そんな格調高い講座を受ける日本人がこの界隈にいるとは思えないよ。まずは『やさしいドイツ語講座』くらいにしておきなよ」
 二人で声を揃えて、そんな説得を試みるのだけれど、彼女の意思は岩よりも固い。
 仕方がないので、公民館の一室を借り広報誌で参加者を募集するという一連の講座開設のお手伝いをしたのだけれど、正直「生徒さん集まるかなあ」と、心配で心配で。
 しかし、蓋を開けたら、仕事でドイツに住んでいたとか、ドイツ出張が多いとか、そんな人たちが結構いて、結局20人近くの応募がありました。
 さすがTOKYOであります。

 こうして彼女はささやかに講師業をスタートしたのですが、彼女曰く、
「今までは子育てで精いっぱいだったけど、あのインタビューを受けて、自分のやりたいことが整理できたの。そして、三人の小さい子を育てながら勉強しているマミを見て、自分にも何かやれるんじゃないかと思えた。だから講座をスタートできたと思う…」

 …なんということ。
 私は自分の宿題のために彼女にインタビューをお願いしただけだったのに、知らないうちに、その行為が、彼女をそんな風にエンパワーしていたなんて…。
 嬉しすぎる。

 それから、私と彼女と、そしてもう一人の友人と。
 三人は暇さえあれば子どもを連れて集うようになり、公園のテーブルつきベンチで、時にはワイン片手に、ヒトラーの自殺から原子力の是非まで、いろいろなことを語り合うような関係が続いたのでした。

※ この記事のタイトル「いんたあ・びゅう」の名付け親は滋賀の支援者・平井育恵さん。この記事の前身を読んだ際、「インタビューだと「コメントを取る」って感じ、これは、いんたあ・びゅう=内面を覗く ですね」というようなコメントをしてくれたので、そこから頂きました(平井さん引用ご容赦!)。

(後日談)

 その後私は北海道に引っ越し、彼女たちとは疎遠になってしまいましたが、帰る度に、彼女は変わっていました。

 彼女の講座は順調に増え、
 夫が准教授に昇進し
 新築の広いマンションに引っ越し
 三人目の子が生まれ

 しかし残念ながら、夫の実家との不仲は変わらず

 そして

 夫が不慮の事故で亡くなり
 日本で未曾有の原発事故が起き

 彼女は三人の子どもを連れて日本を離れ
 今はドイツで暮らしています 



 ホントに人生って…。
 


 


 
 

 

 
 

 
outreach
2014年06月14日 (土) | 編集 |
(このカテゴリは、マミが、ファミリーエデュケーターの勉強中に、カナダの先生方に教わったりプレゼントされたりした言葉を集めています)

 
                outreach(アウトリーチ)

 私は、「出て行って届ける」と訳しています。文字通り、自分たちの場所で待っているのではなく、必要な人にこちらから積極的に支援を届けるという考え方です。
 北米では、予算的にも人員的にも、日本より余裕があるので、早くからこの実践が行われてきました。
 
 と説明していたのがもう10年以上前だもんなあ。

 いまだに、日本でアウトリーチが定着しているとは、到底言えない状況。
 乳幼児の親に対する家庭訪問型支援というのが少しずつ広まっている状況はあるけれど、元々、新生児訪問指導という制度もあったから、その辺はどうなっているんだろう??

 アウトリーチ、なんてカタカナで聞くと、
 支援の必要な人に出て行って届ける、なんて耳触りのいい解説を聞くと、
 
 とっても素敵なことに思えるけど、
 
 実際には、支援を必要と感じていない、支援を受けようと思っていない人のところに行くわけだから、飛び込みの訪問販売営業と同じメンタルが要求される。

 だから、バリバリアウトリーチを実践する余裕のある支援団体なんて、なかなかないですよねえ。
 現状の活動をキープするだけで精いっぱいだと思う…。
 
 そもそも。

 日本にかつてアウトリーチの発想がなかったのは当然の話で。
 だって、日本には、どの地域にもたいてい、濃密に世話を焼き焼かれる関係の「ご近所さん」の間柄があったから。
 アウトリーチなんて必要なかった。
 もっとざっくり言ってしまえば、日本の場合、公的支援の必要性が、北米のような個人主義多民族国家より薄かったのではないかと思うのです。

  でも、もう日本でも、多くの地域で濃密な「ご近所さん」が消えて久しい。
 私(東京郊外出身&在住)の子どもの頃と今の自分の生活という、個人的な経験を比較しても、それは実感としてわかる。

  余談だけれど、私は、濃密な「ご近所さん」が消えたのは、そのダークサイドのせいじゃないかと思っている。ありがたいときにはありがたいけれど、陰口とか世間体とか、そういう裏表的な要素も、「ご近所」にはあって、それを忌避したい人たちが地元を離れて、「ご近所」のない暮らしを始めたんじゃないかと思っているのです。それで、子育てや介護がないときはそれも快適だったのだけれど、いざ、そういう状況になると、個で生きるのが難しくなっていく…。
 なーんて一概には言えないけど、流れとしては、アリじゃないかなあ。
 
  というわけで、
 日本もアウトリーチが必要とされる世の中になってしまったのですが。

 けれど私は思うのです。
 アウトリーチが薔薇色の解決策なんだろうか、と。

 われらが日本の古き良き慣習を、もっと大事にしてもいいんじゃないだろうか、と。

 だって、家族支援の鉄則の一つは、リソースベースド。
 自分たちの持っているものを最大限に生かすってことなんです。
 「ご近所さん」という日本の慣習を、もっと生かすことはできないだろうか。

 そうだ。
 そうだよ。
 アウトリーチの普及より、「ネオご近所さん」の出現を私は望もう。「ネオご近所さん」は今思いついた私の造語で、「ご近所」のダークサイドを捨てて良いところばかりを残した存在をイメージしてます。
 
 陰口言ったりこそこそ噂話したりしない、あったかい人たち。
 困ったときはお互い様と笑って助け合える関係。

 私の頭にイメージとして浮かぶのは、大島弓子の「あしたのともだち」や「ヨハネが好き」という漫画の登場人物たち。
 これらとか、誕生とか、アポストロフィーSとか、もう何十年も時々読み返していて、読むと毎回、泣くんだよなあ。

 また、ちょっと読んでこよう。