日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
子育てができない霊長類の出現について
2014年01月27日 (月) | 編集 |
 超個人的な妄想ならぬ妄理論だと思って聞いてくだされ。
  

 自然の群れで育たなかった猿だかチンパンジーだかが、自分の赤ちゃんを異物のように感じ、まったく育てることができなかったとかいう話がある。
 いつだったか、心理学の本で見た。

 ニンゲンの日本ジンも、欧米の文化が押し寄せて、学校システムが整備され、皆がそれに憧れ、そして、とうとう今では、庶民の端々に至るまで、学校教育に浸かることになった。

 昔、といっても七、八十年前くらいだろうか。
 貧しい家の女のコが、学校に行きたくて行きたくて、でも行けなくて、自分の弟妹や、奉公先の赤ん坊の子守をさせられていた話は、私には哀しいエピソードだった。
 そして、だれもが学校に行ける現代になって、「ホントに良かったなあ」と思っていた。

 このように、学校というリソースを、こよなく愛する私だが、しかし一方で、この学校が社会にいきわたることは、現代日本に、子育ての苦手な女性を大量に産み出したのではないかという仮説も持っている。
 
 群れから離れ、母親たちを真似て子育てシュミレーションをしなかったあのチンパンジー(たしかサルじゃなくてチンパンジーだったような気がする)のように、
 早くから幼稚園や学校に隔離され、育てられる経験しかしなかったニンゲンの雌も、自分の子どもを扱うことに不慣れなのではないか、と…。
 自然の恵みとともにある生活から文化的近代的生活に移ってしまった家庭生活も影響しているかもしれない。

 私は今でも、学校的な営みには苦痛を感じない。手作りライフに憧れながらそれを全うすることもできない。
 そして、子育てが苦手だ。「お母さん」をやることは、私には収まりが悪いというか違和感があるというか…。
 この感覚は、子育てが苦手な女性に共通するものではないだろうか…。

 それは、学校に適応しすぎた分、近代生活に慣れきった分、自然の営みである子育てから離れてしまったということではないかと思うのです。
 

 もちろん、子育て難の問題には、母子関係や幼児体験など、いろいろな要素が関係するという論も知ってます。
 それも十分含んでいきたい。スッキリさっぱりどれかの理論だけでモノゴトが成り立っているわけがないもの。

 だけどこの妄理論も、意外と大きな一角を担っているんじゃないかい、と実は思っておりやす。



 注)

 この文では、あえて子育てをするのは雌と限定しています。
 ナチュラルにはそうでしょ、やっぱりおっぱい飲んで立ち歩くまでは。そして雄が担うのは、ある程度育った子どもの社会化でしょ。
 ニンゲンの本来的習性においては…たぶん。

 でも、
 これは、雄の子育てという営みを否定するものではありません。
 だって、
 いつでも例外や変化やそういう諸々があるものですよね、イキモノには。

 
子育て時代は第ニの青春
2014年01月24日 (金) | 編集 |
 子育て時代は、別名・第二青春時代だと思ってる。あ、在宅母限定でね。

 学生の頃は、勉強を始めとする「やらなければいけないこと」をこなしたあまりの時間は、友達と過ごしたり自分の趣味に費やしたりして、愉しい毎日を過ごしていたはず。

 いやもちろん、いろいろな事情で苦しい学生時代の方もあったでしょうが、たいていの学生達は、上記のような呑気な日々を謳歌していると思う。

 在宅の母をやっていた頃、ああ、今の私、あの頃と一緒だって気づいたんだ。
 そりゃもちろん乳飲み子を抱えていた頃はそんな余裕はなかったけれど、子どもたちが学校や幼稚園にあがると、在宅母の人生の自由度はぐっとアップする。

 これもまた、気楽に「専業主婦」なんかやっている状況はないという方もいるのでしょうが、多少の経済的な差はあれ、フツーに家で子どもを育てる母は、やっぱりマジョリティだと思う。

 そんな母たちも、学生同様、
 「やらなければいけないこと」をこなしたあまりの時間を、友達と過ごしたり自分の趣味に費やしたり♥
 すごく自由で幸せな日々を送っていると思うのだ。

 親に養ってもらっているか夫に養ってもらっているかの違いはあれど、
 勉強と子どもの世話という違いはあれど、

 それって青春っぽくない?

 男女平等を唱えて闘った1970年代の女性たちの後に、
 お嫁さんになりたい2000年代の女のコたちがいて。

 私はその狭間世代(1980-1990年代)。
 
 女性もぺイドワークを持っているほうが生きがいがある。
 それにも共感する。
 今の私がそうだもの。
 毎日とても充実している。

 でも、あの甘い第二の青春も、
 幸せだったなーって思うんだ。

 
㊙女のコの急所30
2014年01月23日 (木) | 編集 |
1980年代。
男の子向けファッション雑誌の後ろのほうに載っている読み物記事を、ずいぶん二人でつくりました。
それを、さえるアーカイヴスというカテゴリーで紹介していきます。
もう25年も前のお仕事です…。

とりあえず、男性ファッション雑誌でやった仕事のアーカイヴスはこれで終わり。
他にも女のコ雑誌やなにやらで一緒に仕事したけど、それはさすがにとっておいてなかったみたい…。

こういうアグレッシブな文章に嫌気がさして、結婚を機に、私はライターをフェードアウトするのです。
有名人とかにいっぱい会えたり、業界人の人と遊んでもらったり、今考えると楽しかったのかもなー。

㊙女のコの急所30-1

㊙女のコの急所30-2

㊙女のコの急所30-3

㊙女のコの急所30-4
トム先生の優しさに救われた話
2014年01月22日 (水) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記④

 1科目目「コミュニティエコノミックディヴェロップメント(経済活動を伴う地域活性化)」の担当は、Tom Zizy 先生。

 彼は、大学教授ではなくて、ホームレスの雇用創出や若年ホームレスの再教育、海外途上国支援の政府プロジェクトなどにかかわってきた、その道のスペシャリスト。
 ライアソンでは、どの科目も、講師は、受講生が納得するようなその道のスペシャリストが担当する。
 ちなみに二児の父でもある。
 最初の講師自己紹介で、公私ともにディスクローズしてくれるので、私たち生徒はすぐにトム先生に親しみを持った。
(↑これは、今から考えると、あとで理論的に習う「対等で親しい関係が大事」ってこと、体現してくれていたんだなと思う…。)

 

 彼は、さすが現役の実践家だけあって、様々な事例や最新の理論をじゃんじゃん紹介してくれる。
 だけど、彼が素敵なのはそれだけじゃなかった。
 
 十年にも及ぶ独学で、勉強の中味のほうにはそれなりについていける自信はあったものの、心配なのは私の英語力。
 学校で英語を学んだとはいえ、海外経験ゼロの私。きっと、ネイティブから見たら、日常使わない言い回しの奇妙な英語を使っているに違いない。

 だから私は、レポートを提出するごとに
「私の英語がへたくそですみません」
「変な英語でごめんなさい」
「何とか読み取ってください」
 みたいな添え書きをしていた。

 そんな私にトム先生は言った(メールでね)。

「マミ、君は英語を学ぶためにこの課程に入学したわけじゃないだろう?
 君が学んでいるのは家族支援なんだ。君の英語はもちろん流暢とは言えないが、充分通じる。
 そんなことを気にする必要は全くない。
 それより、君がこの課程にいることで、我々は多様性を実感することができる。
 クラスの仲間たちは、君から、アジア的なものの見方を学ぶことができるんだ。
 どうか英語の小さな間違いなど気にしないでほしい。
 大切なのは、君の書く内容なんだ」

 ああ、今思い出しても涙が出そうです。
 
 トム先生のこの励ましがなかったら、いつまでも英語の文体に気を取られて、3年間の勉強はずっと苦痛の多いものになっていたことでしょう。

 これこそ、ストレンスベースドアプローチ(長所に注目するやり方)。
 家族支援の根幹の一つ。
 その人の持つ強みに注目し、それを伸ばすことでエンパワーしていく。

 この時、私はそれを初めて体感しました。
 そしてこの後、勉強期間を通じて、何度も何度も、家族支援、あるいはコミュニティワークの真髄に触れることになるのでした…。





 ところで、トム先生のメールの最後に、控えめにこう書いてあったことも、ここに白状します。
「マミ、でも、副詞の最後は ry じゃなくて、ly にしたほうがいいよ!」(例 freely)


 ……恥ず!
 
 
 


 
 
 
 
女のコ♥「秘密」の質問BOX
2014年01月21日 (火) | 編集 |
1980年代。
男の子向けファッション雑誌の後ろのほうに載っている読み物記事を、ずいぶん二人でつくりました。
それを、さえるアーカイヴスというカテゴリーで紹介していきます。
もう25年も前のお仕事です…。

7作目。けっこう頑張って取材したの覚えてるなー。

この取材を受けてくれた“女のコ”達、今じゃみんな“熟女”なんだね…。

女のコ♥「秘密」の質問BOX―1

女のコ♥「秘密」の質問BOX―2

女のコ♥「秘密」の質問BOX―3
罪について
2014年01月20日 (月) | 編集 |
心を殺しても 罪に問われず
身体を殺すと 罪になる

不思議だなあといつも思ってる

人殺し という言葉の
人   というのは

身体のことなんだね

さきに心を傷つけられた誰かが
その疼きに耐えかねて
相手の身体を傷つけたとき

罪に問われるのは
身体を傷つけた誰かだけ






50 years old
2014年01月18日 (土) | 編集 |
 あとちょっとしたら、50歳になることをまったく受け止められなくて、ずっと悩んでた。

 私の文章を見ればわかるとおり、いまだくそガキなんだもの。

 世間一般のイメージ通りの大人になれないまま、いたずらに物理的な年齢を重ねてしまった焦りがあって。
 着実にきちんと年を重ねている人がうらやましくてしょうがなくて。
 そして、自分の年齢より若いつもりでいる自分自身が痛すぎて。

 どうにかならないものかと思っていた。

 でも、その長く深い悩みの時間が、そろそろ終わりそうな予感がする。

 今、80年代の名曲「ロクデナシ」(ブルーハーツ)を聞いていて、ハッと気づいたよ。
 私は、今に限らず、生まれてからずっと、マジョリティと同じように生きられないことに息苦しさを感じてきたんだった、そういえば。
 だからパンクが好きだったんだ。

 人並みの50歳になれないことは、今までと同じ、みんなと違う自分に戸惑っているだけ。

 マジョリティを生きている人にはピンと来ないだろうけれど、マイノリティを生きるって、平気なつもりでも知らず知らずのうちにダメージを受けているものなのよ。
 平気なふりしていたけれど、けっこうつらかったんだなって、今自覚したわ。

 だから、「ロクデナシ」の、

誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか


 っていう歌詞が、心の支えだったり、
 (ブルーハーツの歌は、20代の頃、何回聞いたかわからないよ。)

 マキシマムザホルモン「予襲復讐」の

ずっと裏の裏は表だと信じきってる
“普通”や”一般”という名の「異常な正常者」
そんな”まとも”な人々の「正気の沙汰」に
痛めつけられた結果がこれである!!!


 っていう歌詞を好きになったりするんだろうな。

 ありのままを認めること とか、自己肯定感を持つこと とか、
理論・学問の世界で腐るほど聞いたし、私も、わかったような顔でそーいう解説をしたことがあるかもしれないけど、

 それをじっさいにからだじゅうでわかるにはエモーショナルなしげきがひつようだー

 そして、ひとが変容するにはいろんな形で同じメッセージを受け取る必要がある→変化の階段というけど、ほんとうだ。

 私にも、「ロクデナシ」を聞く前に、同じメッセージをくれた、たいせつなともだちがいたから、きっとこの曲が響いたんだと思う。

 アキナとは、彼女が19の時に会ったから、もう11年の付き合い。
 たまにしか会えないけれど、彼女は気になる人。

「もうすぐ50になることにとても焦っている」と私がひとしきり自分の悩みについて語ると、彼女はこう言い放った。

「あのさーありのままでいーんじゃない?」

 いわば心理学の教科書通りのアドバイスなんだけれども、彼女に言われると、なんかいいんだよ。
 カウンセラーとかインテリとかじゃなくて、知的障害をもつかもたないかのボーダーラインにいる彼女に言われたら、なんかスーッと心の奥に入ってきたんだ。

 たぶん、私がひねくれ者だからだろうなあ。気難しいっていうほうが合っているかなあ。
 シンプルなアキナのストレートならほんとうだって、無意識に心開いているんだろうな。
 なぜだか、心に沁みたんだ。

 そして、今、若き日のあの歌が、私にとどめを刺してくれた。


 誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか……



 
1989年の誓い
2014年01月17日 (金) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記③

 どんなに大変でも、私は結局、学ぶことをやめなかった。

 それには、大きな理由があった。

 話は1989年に遡る。

 その年、東京で「女子高生コンクリート詰め殺人事件」が起きた。
 報道で知ったこの事件に、私は、激しく衝撃を受けた。当事者と何の関係があるわけではないのだけれど、その事件は悲惨すぎた。その時胸を衝いた痛みを、私は今も抱えながら生きている。

 そして、
 以来、「こんな悲劇が繰り返されないために、私に何ができるのだろう」と考え続けてきた。


 幸福な人は、きっと人を不幸にしない。
 すべての人が幸福になれば、犯罪はなくなる。

 どうすれば、人は幸福になるのか。
 幸福な人は、きっと温かい家庭(またはそれに代わるもの)に育まれる。
 
 それなら、温かい家庭(またはそれに代わるもの)づくりのお手伝いをすればいい。

 当時、数年の思索の結果、そのような結論に至った私は、早速、どうすれば家族を支援することができるのかを学び、実践しようとしたが、まだ、子育て支援という言葉さえなかった時代のこと、そんなカテゴリーは日本に存在しなかった。
 仕方なく、図書館をお友達に、心理学、教育学、児童学、福祉等の独学をし、手探りのボランティア支援を続けて早10年。

 やっと2000年の声を聞く頃に「家族支援職資格認定課程」なんて、私にピッタリのプログラムに巡り合えたのである。

 それが、外国のもので、英語で学ばなければいけないからって、
 パソコンを覚えなくちゃいけないからって、
 勉強の中身がハードすぎるからって、

 諦めるわけにはいかないではないか!
 
 ああ、でも、つらすぎる…。
 私ごときがこんなことをわざわざしなくても…。

 
 そんなふうに悶々と悩む私に、ダーリンが言い放った。
「マミちゃん、一生に一度くらいは、努力してみたらどうだい?」

resource
2014年01月16日 (木) | 編集 |
(このカテゴリは、マミが、ファミリーエデュケーターの勉強中に、カナダの先生方に教わったりプレゼントされたりした言葉を集めています)


resource(リソース)

 これは直訳すると「資源」なのだけれど、家族支援やコミュニティディベロップメントにおいては、その日本語とはちょっと違うニュアンスで、もっと広い意味で頻用されています。

 私はとりあえず、「もっているもの」と訳しているのだけれど。

 家族支援は自分たちのリソースを自覚して、それを最大限生かすことで、最大限のアウトプットを目指します。家族のリソース、地域のリソース、支援者のリソース、それが大事。
 外から何かを連れてくることは、それらのリソースを吟味して最大限に活用して、それでもなお必要な場合だけ。

 このやり方はリソースベースドといって、家族支援の基本。
 だけど、
 実際には、こんな風に言葉で説明するより、もったやわらかくてあったかいかんじの展開だと思うんだよなあ。 
 少し前の英国映画「フルモンティ」や、スエーデン映画「歓びを歌に乗せて」、あるいは大島弓子の短編漫画「あしたのともだち」あたりを見たら、きっとその空気感が伝わるような気がする。

 自分たちの持っているもので、自分たちの地域を良くしていく。地域の誰かを支援する。
 そんな感じ。


 さて。

 家族支援学としては、このリソースベースドの支援を、どう産み出していくかということを考えるのだけれど。
 

 私が好きなのは、アセットマッピング。

 これは、自分たちのリソースを整理する手法。地域の住宅地図みたいなものに、そこにあるリソース(アセット)を書き込んでいく(マッピング)。
 すると、公民館や学校などの公的施設とその活用法の可能性から、町にあるサービスや個々の住人の特技まで、自分たちのコミュニティが何を持っているかが、視覚的分布的に明確になる。

 明確になれば、それらのコミュニティのリソースを生かした資源が考えられるというわけ。

 当たり前だと思っている、とるに足らないものでも、リソースだったりするから要注意。
 発想の転換で、貧しいと思っていたリソースが宝の山に見えてくることもあります。

 北海道のある集落では、学校と児童館と子どもたちの家とを結ぶ道々に、誰が住んでいてどんなふうに頼ることができるかを描いた地図を、児童館に張り出していました。

 
 ここんちはいつもばあちゃんがいるとか、この店は何時までやってるとか。
 そういうのは、どのコミュニティにもある普通のことだけれど、情報化して子どもたちにそれを知らせることによって、子どもたちはいつも安心安全に登下校したり遊びに行ったりできるというわけ。

 これも立派なアセットマッピング。

ちなみにこれは、アセットマッピングもカナダの家族支援も知らないけど、子どもたちの安全を守りたいと考えた一人の支援者が考え付いて、手作りで作った地図なのでした。


 繰り返しになるけれど、どの国でも、だれでも、支援に真剣に取り組めば、同じようなアイデアに至るんですね…。


 
 
私見・学校
2014年01月15日 (水) | 編集 |
 とっても個人的な私見として聞いてください。

 私は、学校は、シンプルに「勉強を教えるところ」になればいいと思っている。
 今の日本の学校は、いろんなものを引き受けすぎているなあ、と思う。

  学芸会や運動会や遠足…。
 そういうものは、学校生活の大切な思い出になるから、あっていいと思うけど、その他にも、学校はとにかく、たくさんの役割を担いすぎている。
 
 子どもの、勉強はもちろん、身体づくり、健康管理、人間関係力、躾…。
 子育ての主役は家庭であるはずなのに、学校が子どもの教育のすべてを担い、家庭が学校の下請け機関のような印象さえある。 

 「勉強より大事な…」と、大人たちが言う部分の教育が、いつのまにか学校の役目になっている。

 けど、
 それって、親のものなんじゃないのかなあ、と思う。

 子どもは親が育てて、勉強の部分だけ、学校に委託する。
 それが正しい姿なのではないかと思うのです。

 全人的な教育を任されるほど、学校に聖人君子がそろっているわけではない。
 親も教師も、良いところと悪いところを併せ持つ普通の人間。

 のはずなのに、教師はものすごく子どもによい影響を与える人格者であることを、過度に期待されている気がするのです。

 もちろん、たとえ学校の機能が勉強に特化されたとしても、教師と児童の人間的な触れ合いは、避けがたいもの。

 でもそこに、なにがしかの教育力をあらかじめ要求するのは違うんじゃないかなあと思うんです。
 偶然なにかが生まれれば、それは思いがけない実りであって、あらかじめ期待するものではない。

 そのくらいの感覚で、学校が存在すれば、親と教師が今よりもっとシンプルでいい関係になれるんじゃないかと思うのだけれど…。



 …って、親として、自分の子どもの教育をちゃんとできてないお前が言うなー(セルフつっこみ。私のような、ちゃんと子どもを教育できない親がいるから、学校はきっと、子どもの教育すべてを担おうという方向にシフトしたのでありましょう)。

 
やっぱりやめよう、と早くも悩む
2014年01月14日 (火) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記②

 運命の1科目目が始まった。

 いわゆるeラーニングなので、教材はインターネットで配信され、質問やレポートの提出は、電子メールでやりとりする。1科目は1週間1単元で14単元、合計3か月半で修了。

 学習内容は、

●1単元につき、数ページのテキストに沿って、70~80ページの資料を読む。
●それについてのレポートを毎週1回提出。
●それ以外に月一回ペースの大きな宿題がある。
●ネット上に先生と生徒のディスカッションルームがあり、そこに常時参加する(ここでの発言頻度や内容も成績に反映されるので)。

 という感じで、私の知る限り、期間は短いとはいえ、日本の大学より1科目をとるためのハードルはかなり高い。

 しかも、

●将来資格を取得するためには、各科目を修了するだけでなく、一定以上の成績をあげ続けなければならない。

 という…。

それを、英語は10数年ぶり、パソコンは触ったことがないという人間が取り組むわけなのだから、下手すりゃ、エベレストのぼるより困難(さすがに大袈裟か?)といっていいくらいのことだったかもしれない。

 なにしろ、

 テキストを読めば1行に3つはわからない単語が出てくるし、
 最初のレポートで中学生並みの自己紹介文書くだけで3時間ぐらいかかっちゃうし、

 そのうえ、

 PDFってなんやねん????
 添付ファイルってどーゆーこと???

 というパソコン超初心者状態。

 はじめて1週間もたたないうちに、
「やっぱりやめよう。こんな無茶なこと。今ならまだ引き返せる…」

 と、私は本気で悩んだのだった。
 
はじまりは、厚顔無恥な国際電話
2014年01月10日 (金) | 編集 |
カナダ家族支援職取得日記①

 今から考えると、「無謀」というより「暴挙」であった。

 英語なんて大学受験以来18年ぶり。36歳。
 1歳、4歳、7歳の三人の子持ちで、夫は筋金入りのワーカホリック。
 パソコンなんて触ったこともない。

 こんな状況の私が、カナダの大学の自国内向けインターネット通信教育に、遥か日本からいきなり申し込んだのだから。

 アジアからどころか、外国からの申し込みは、私が初めて。
 今思えば、向こうはさぞかし慌てたことだろう。
 
 そして、入学試験代わりの電話インタビューで、大学側のコーディネーターはこう言った。(もちろん英語で)

「申し訳ないが、あなたのその英語力では、とても大学の授業にはついていけないだろうから、諦めてほしい」

 実際、この台詞さえ何度も繰り返してもらい、やっと聞き取っているのだから、コーディネーターの言うことに、一ミリたりともない。

 だけど私は、ひたすらこの単語だけを言い続けた。

「プリーズ! プリーズ! プリーズ!」

「but…(でも…)」

「プリーズ! プリーズ! プリーズ! プリーズ!」

 最後は粘り勝ち、と言えば聞こえはいいが、要は、うるさい日本人に、向こうが匙を投げたという格好。

「まあいいでしょう(ため息)、とりあえず一科目やってごらん」

 2000年4月、こうして私は無事(?)、カナダ・ライアソン大学の家族支援職資格認定課程に入学を許可されたのだった。

 いや、正確には、1科目だけの受講を許されただけなのだ。
 コーディネーターは、上の言葉に続けて、その1科目めのパフォーマンス如何によって、私の入学を許可するかどうかを決める、と言ったのだから。
女のコが男に求める100カ条
2014年01月09日 (木) | 編集 |
1980年代。
男の子向けファッション雑誌の後ろのほうに載っている読み物記事を、ずいぶん二人でつくりました。
それを、さえるアーカイヴスというカテゴリーで紹介していきます。
もう25年も前のお仕事です…。

6作目。これは私の企画だったような気がする…。当時はどれが自分の手柄だって、すっごくはっきり覚えてたんだけどなー。あーあ。時間がたっちゃったなー。

女のコが男に求める100カ条-1

女のコが男に求める100カ条-2

女のコが男に求める100カ条-3

女のコが男に求める100カ条-4


Bottom up
2014年01月08日 (水) | 編集 |
(このカテゴリは、マミが、ファミリーエデュケーターの勉強中に、カナダの先生方に教わったりプレゼントされたりした言葉を集めています)


 地域密着で、ホントにディープに活躍されている支援者と話をしていた。

 その実践がいちいち家族支援理論に合致するので、
「わーすごい、それ家族支援理論通りだよ! 理論が目の前に現実にあるなんてわくわくする」
 と、驚嘆の声を上げていたら、

 少し呆れ顔で言われた。

「アタシら、そんな学問のことは知らんもん。でもいろいろやっているうちに、一番いい方法模索して、今に至ってるだけよー」
 
 ハハハ! そりゃそうだ。そうだろうね。でも、そうなんだよ! 家族支援学って、そういう学問なんだよ!

 家族支援学は、象牙の塔に閉じこもった学問じゃない。
 地域の支援者達が、暗闇を探るように、時代の必要に迫られて活動しているうちに、自分たちの実践に理論的なバックボーンがどうしても必要になって、1990年代に学者とともに産み出した学問なのです。

 だから、考えてみれば、たとえ国は違っても、すぐれた支援者の実践と家族支援学の理論が合致するのは、あったりまえの話なんだよね。

 彼女の実践だけでなく、北海道中の優れた実践を取材しに行くという仕事をした時にも、文字通り最果ての地で、テレビや雑誌に取り上げられることなく、ネットにさえ現れず、ずっと無名のまま、本人たちさえ自分たちの実践を評価していない状況で、家族支援理論通りの支援活動が展開されているのを、私は、何度も見たことがある。

 そして見る度、北の小さな町々で、身体が震えるほど感動をしたのを覚えている。

 もちろん北国の支援者たちは、カナダ・アメリカの家族支援理論なんて、これっぽっちも知りはしない。
 だけど、少ないリソースでどうすれば良い支援ができるかを考え抜いて、きっとそこに至ったんだと思う。

 すごいよね…。


「家族支援学は、Bottom upだから」
 これは、家族支援職資格課程の責任者だったリタローゼン博士の口癖。

 top downではなく、Bottom upであること。

 Bottom upは家族支援学の自慢である、というより、Bottom upでなければ家族支援とは言えない、というほど、Bottom upと家族支援は切っても切れない。

 現場から生まれる学問。現場を反映し続ける学問。支援の対象者と支援者から学ぶ学問。だからBottom up。

 
 でも、件の支援者は、いちいち驚嘆する私に、意外そうな顔で言った。

「マミちゃんの勉強したことが、そういう、アタシらみたいなもんから生まれたもんだとは知らなかったわ。学問っていうだけで、なんか堅苦しくて、アタシら現場でやってる人間とは関係のないもんだと思っていたからね」

 そうかー。あなたの実践は丸ごと家族支援学の体現なのに、「カナダの大学で勉強した学問」っていうだけで、もうフィルターがかかってしまって、家族支援学が、どこか遠くでよそいきの服を着ているように見えるんだね。

 仲良しの彼女にさえ、家族支援の真髄を、ちゃんと伝えてなかったんだなー、私。 
 
 
家族支援はBottom upだっていうこと、つまり、家族支援学は現場の実践から生まれ、そしてともに歩き続ける理論だってこと、もっともっと、ちゃんと、いろんな人に伝えていかなくっちゃなーって思った。

 
 


 
男と女の激白バトルロイヤル
2014年01月07日 (火) | 編集 |
1980年代。
男の子向けファッション雑誌の後ろのほうに載っている読み物記事を、ずいぶん二人でつくりました。
それを、さえるアーカイヴスというカテゴリーで紹介していきます。
もう25年も前のお仕事です…。

5作目。これもほかのライターさん企画じゃないかな。この頃、私の企画は違うイラストレーターさんとやってた。やっぱり、企画によって合うイラストレーターさんがいるので…。リリコは可愛げのある企画じゃないとね!
 余談だけど、RCサクセションにもイラストを提供していた浅見かよ子さんとやった「当世大学生判別帳」は今でも傑作だと思ってる。ここには載せないけど…。

男と女の激白バトルロイヤル-1

男と女の激白バトルロイヤル-2

男と女の激白バトルロイヤル-3

男と女の激白バトルロイヤル-4
ブログで家族支援について書く理由(マミ)
2014年01月06日 (月) | 編集 |
 10年前、カナダの大学の通信教育で家族支援を学んだ時、英語の世界ではインターネットで家族支援に関するたくさんの情報が手に入るので、すごく驚きました(それは今も変わりません)。そして、それらの情報サイトを紹介した先生が、「コミュニティディベロップメントに関わる人は、コミュニティを良くするという共通の目標のために、智慧を共有することを選ぶ」「その意義を心に留めて、これらのサイトを活用してほしい」と言っていたのをよくおぼえています。

 すごく感動しました。それまで、学問って閉鎖的、専有的なイメージがあったから。
 家庭支援学やコミュニティ系の学問では、コミュニティ発展のために、頑張って考えたことを、手の内を、惜しげもなく開放しているんだーって、胸が熱くなりました。

 それで、私もそれに倣って、仲間と、関東と関西でひとつずつ、だれでも参加できるボランティアの家族支援勉強会を数年間続けてきたのですが、今は小休止中。
 
 最初から、カナダ(アメリカも)みたいに、インターネットでバーンと公開ってしなかったのは、やっぱり、顔の見える関係で情報を共有したかったからかなあ。
 
 まず、英語を日本語に変えた時点でニュアンスがどうしても変わるし、私というフィルターを通しているので、正しく伝えられているかとっても不安だし。
 また、たとえ意を尽くして解説しても、文字だけでは、どうしても誤解曲解が生まれるだろうし…。

 そういうことを懸念して、丁寧に内容を伝えるほうがいいと思ったのかな。

 でももう一つ正直に言えば、ネットで公開して、学者さんとかに勝手に利用されたら嫌だって気持ちもあったんだろうな。カナダ、アメリカの人たちの度量に感動しながら、ちっちぇえ私は、狭量さが捨てられなかったんだね。
 
 
 でももう、学んだことをお墓に持って行ってもしょうがないので、思い切って公開します。
 不完全でも、ないよりましって思うことにする。

 私の学んだ内容は、私の知る限りでは日本語のネットの世界にはないし、おそらく日本の大学では学べない可能性が大きいと思うので(家族援助論とか家族支援とか同じような講座名でもきっと内容がかなり違うと思います。もし同じだったら全力で謝る!というか喜ぶ!)、多くの人に届いたらいいな、と今は思っています。

 どうか正しく理解して、コミュニティのために、家族支援のために使ってください。
  
 そして、もっとたくさんの人が英語で家族支援学を学んで、拙い私の家族支援学情報を補填・補完、いや、交代してくれますように。
男のコの周りのこんなものいらない!
2014年01月01日 (水) | 編集 |
1980年代。
男の子向けファッション雑誌の後ろのほうに載っている読み物記事を、ずいぶん二人でつくりました。
それを、さえるアーカイヴスというカテゴリーで紹介していきます。
もう25年も前のお仕事です…。


4作目。
これも、確か他のライターさんの企画。取材と記事作りをしました。

※当時「こんなものいらない!」っていうテレビ番組があって、そのスピンオフ的な発想だったと記憶してます。


女のコの周りのこんなものいらない!―1

男のコの周りのこんなものいらない!―2

男のコの周りのこんなものいらない!―3

男のコの周りのこんなものいらない!―4