日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
億万長者のアイオワ人
2015年08月07日 (金) | 編集 |
 これは、ファミリーライフエデュケーションを紹介する時に、いつも使う優れたたとえ話。ファミリーサポートアメリカの資料に載っていたものを翻訳しました。
 先日、テレビで誰かが「児童虐待はまず予防から」と言っていたそうで、とうとう予防教育=ファミリーライフエデュケーションこそ大切なんだという考えが浸透してきたのかと感慨深く……。(私はなにをするにも早すぎるんだなと最近自覚してきた←自慢)

 そこでこれを載せちゃいます。ファミリーライフエデュケーションは、福祉や臨床心理その他の社会資源よりずっとコストパフォーマンスがよいのよ!

億万長者のアイオワ人
(翻訳;林真未)

 48歳の時、ジョンスミスは億万長者のアイオワ人になった。だが、アイオワ宝くじに当たったわけでも、大金持ちになったわけでもない。ただ、彼のケアと社会の治安のため、アイオワの納税者に百万ドル以上のコストをかけさせているのである。ジョンスミスは成人してから、トータル約20年を刑務所で暮らしている(不法侵入、強盗、傷害が主な理由)し、少年時代は少なくても3年以上は訓練施設や更生プログラムにお世話になっている。彼の刑務所暮らしのコストは450,000ドル、加えて少年期のプログラムコストは175,000ドル、刑務所にいない時の保護観察コストは40,000ドル、裁判費用は150,000ドル以上にのぼる。この他に、精神障害を予防するための医薬コストが175,000ドル。
 ジョンスミスの母親は高卒の資格を持っていなかった。そしてほとんど常に極貧状態で、時々生活保護も受けていた。子どもを産むとき、何の産前ケアも受けられず、彼は早産の低体重児であった。ジョンは異常な活発さと混乱した家庭環境に悩まされ、母親は彼が7歳のときにコントロールしきれなくなって、ジョンは、養父に虐待された。学校ではしつけの面で問題視され、最終的に10年生を修了せずに終わった。刑務所の中のプログラムによる援助で、GED(義務教育終了?)はついにとることができたけれど。
 ジョンは、納税者に課したコストのほかに、近所の住人から300,000ドルの物品を奪った。また、彼は二人の子どもの父親だが、そのうち一人は訓練施設行きの候補者である。ジョンは、次世代の億万長者のアイオワ人を確保する手助けもしていることになるだろう。
 こうしてジョンの例を見ていくと、どうすればジョンや社会にとっていい結果がもたらされたか、指摘することができる。
 もし、ジョンの母親が妊娠中に支援、相談、産前ケアが受けられていたら、彼女は健康な出産ができたかもしれない。
 もし彼女が、自己を高めるトレーニングや家族を発展させる機会を得ていたら、経済的に安定した家庭をつくれたかもしれない。
 もし、ジョンがごく小さい頃に、健康に関する初期的、予防的なケアがなされていたら大人になってからそれほど多くの医療行為は必要なかったかもしれない。
 もし、ジョンの家族がペアレンティングプログラム(親教育)やホームビジット(家庭訪問サービス)を受けていたら、ジョンは虐待されず、怒れる少年にならなかったかもしれない。
そして最後に、もしジョンが励まされ、勇気づけられていたら、高卒の資格をとって、キャリアを発展させていたかもしれない。
 端的にいって、ジョンが小さい頃に、予防的投資(何十万ドルというより何千ドル程度)がなされていたら、彼を、社会の脅威ではなく、社会に寄与する人物にする手助けができただろう。成人してからの期間、もしジョンが彼の世代の平均年収の3/4でも稼いで、アイオワ税を30年以上払ったとしたら、その額は50,000ドルぐらいにはなる。そして一番重要なのは、彼の子どもたちが依存でなく成功への道を歩めただろうということだ。
そうすると、全体として、ジョンは社会に何十万ドル分の寄与をすることになるのだ。同じ額を社会から消耗してしまうのではなく…。(下線;林、アメリカの家庭支援団体の出版物より)


(原文)
WHAT WILL IT COST NOT TO RECOGNIZE AND INCLUDE FAMILY SUPPORT IN THE NATIONAL CHILDREN'S AGENDA?

The following story was published by Family Support America, a national organization in the United States with a similar mandate and mission to the Canadian Association of Family Resource Programs. Although this story describes the fate of an Iowa resident, its message has relevance for Canadian policy-makers.
"The Million-Dollar Iowan"
At age 48, John Smith has become a million-dollar Iowan. He did not win the Iowa lottery or become a millionaire. Rather, he has now cost Iowa taxpayers over $1 million for his care and for society's protection. John Smith has spent 20 years of his adult life in correctional institutions (most for reasons of burglary and robbery but also for violent actions) and over three years of his adolescent life in training schools and residential treatment programs. His prison time has cost the state $450,000 (25 years times $18,000), his juvenile treatment an additional $175,000. Probation services during the time John was not locked up have amounted to $40,000. Court expenses for his prosecution and his appeals have amounted to over $150,000. Special medical bills for preventable neurological disorders have cost another $175,000.

John Smith's mother did not have a high school diploma, and lived most of her life in poverty, sometimes on public assistance. When she gave birth, she had no prenatal care, and her son was born prematurely and at low birthweight. John suffered from hyperactivity and a chaotic home environment. His mother was unable to control him by the time he was seven, and John was abused by his stepfather. John was a disciplinary problem in school, and never completed 10th grade, although he finally got GED in prison, aided by the completion of some training programs in the prison school.

John estimates that, in addition to the costs to taxpayers, he has robbed Midwestern residents in the vicinity of $300,000 in goods. During the times when John has lived in society as an adult, he has fathered two children, one of whom has been in five foster homes and now is a candidate for the state training school. John may well have helped to ensure Iowa has a new generation of million-dollar Iowans.

In John Smith's case, one can find points at which actions could have been taken which could have resulted in a better outcome for both John and society. If John's mother had received support, counselling, and pre-natal care during pregnancy, she might have given birth to a normal birthweight baby, without any neurological disorders.

If she had received enhanced training and family development opportunities, she might have provided a more economically secure home.

If health care had been provided on a primary and preventive basis while John was an infant and toddler, he may not have needed so much medical attention as an adult.

If John's family had been involved in parenting programs and home visiting, he might not have been abused as an infant and angry as a teenager. Finally, If John had been encouraged, he might have completed high school and developed his own career.

[In short, preventive investments (in the thousands, rather than the hundreds of thousands of dollars) in the early years of John's life might have helped him to become a contributing member, rather than a threat, to society. If he had earned even three-quarters of the median income for his age group during this period, he would have paid in Iowa taxes, over a thirty year period, more than $50,000. Most importantly, his children would be on a path to success, not dependency. Overall, John would have contributed hundreds of thousands of dollars to society, rather than draining society of these amounts.]

Source: Making the Case for Family Support, Family Support America, Chicago


 
「同室保育システム」(香川の思い出)
2014年11月30日 (日) | 編集 |
未確認ではありますが、たぶん「同室保育システム」を始めたのは、私ではないかとひそかに誇っております。

あれは1993年のこと。

家族支援を志しながら、なにをしてよいかわからず、ただ図書館に通いまくり、大学を訪ね、講演を聞き…などをしていた当時の私の様子を見て、最初の子を取り上げてくれたお産婆さん・平野艶子先生が「子育てのことを勉強しているんなら、勉強会をやったらいい」と、自身の経営する保育園の多目的ルームと軍資金2万円を、ポンっと私に提供してくださいました。

これが私のおやしえんの本格的スタート。

平野先生命名の「子育て勉強会・楽しい子育て!ひよこの会」は、こうして生まれ、以後私が香川に住み続けていた4年の間、月一回、毎回20名前後の母親たちを集め開催され続けました。一度登録して欠席した人には、つうしんを送り、最終的に仲間は100人近くになったのではないかなあ。残念ながら、その後しばらく続いてフェードアウトしてしまったのですが…。

会の内容は、こんな具合。

私がファシリテーターを務め(当時はファシリテーターという言葉も定義も知りませんでしたが、今振り返ると、それ以外の何物でもない!)、みんなが、子育ての悩みや質問、そしてアドバイスを持ち寄り話し合います。母だけで解決しきれないことには、平野先生が答えてくださり、それでも残った課題や、話せなかった話題は、私が調べて、つうしんで答えました。つうしんには、他にも、様々な世界の子育て理論をかみ砕いて載せたり、予防接種などのトピックを取り上げたり、地域情報や先輩のアドバイスを載せたり、うーん、今振り返ると、けっこう充実した内容だったなあ。
まだPC普及前で、手書きのコピーを封筒づめして送っていたのよ…!(^^)!

驚いたことに、この時は意識していなかったけれど、これって、後にライアソンで学んだ「ファミリーライフエデュケーション」の手法そのもの。

こういうことってよくあるんです。

日本の小さな町で行われている、お母さん当事者や地元の子育て支援者のオリジナルの実践が、家族支援理論にピッタリ合致しているってこと。
まあ、当たり前って言えば当たり前なんですけどね。
どちらも「一番有効な支援」を模索してたどり着いた結果なのですから。

余談でした。
今回のテーマは「同室保育システム」でしたね。

さて、私たちの実践と同じとはいえ、
北米のファミリーライフエデュケーションは、支援センター主催の公共事業で基本的に託児つき。
当時の日本に子育て支援はなく、私たちの会はボランティア活動ですから託児者を雇う余裕はありません。
そもそも、託児自体がまだまだ日本では一般的ではなく、「自分の都合で子供を預けるなんて」と後ろ指さされる雰囲気さえありましたからねえ。

そんなとき、なにかで知り合った山本さんという女性が、
「お母さんたちが話をしているとき、子どもたちを見ていてあげましょうか」
と言ってくださったのです!

彼女はほぼ毎回、ボランティアで私たちの会にきて、
母たちが夢中になって話をする傍らで、子どもの遊び相手をしていてくださいました。

これが「同室保育システム」のスタート。
彼女がいないときには、古株やレギュラーメンバーが、話の輪に加わらず、自分の子どもとともに、他の子たちも見ていました。
これだと、母達は安心して子供から目を離しておしゃべりができ、子どもたちは母から離れて遊びたいときは遊び、母親に甘えたいときは甘えられます。ひとしきり遊んだらママのおっぱいを飲んでまた遊びに行くというツワモノ達もいましたっけ。

当時は、保険を掛けるなんていう発想もなかったし、事故の責任は誰が、なんて考えたこともなかったです。幸い何事もありませんでしたが、何かあったとしても、田舎の人間関係では、子どもを見ていた人に責任を問うなんて発想はなかったでしょうが…。
ただ都会だとか、見ず知らずの間柄だとかではそういうわけにいかないかもしれませんね。
でも、親が「同室」にいるわけですから、”責任の所在は必ず親に帰属する”という誓約書さえあれば、このシステムは、どこでも誰でも成立すると思います。

さきほど、これはファミリーライフエデュケーションそのものと書きましたが、こういう手法以外にも、ファミリーライフエデュケーションの方法は多種多様にあります。
そこで、ファミリーライフエデュケーター資格を取得し、社会教育行政や団体とお仕事するようになった時(つまり公民館講座や地域母親支援を依頼されるということ)、この「ひよこの会」形式を、私は「子育てトークショップ」と名付け、提供するようになりました。
この時は北米と同じように、公費で託児が付くので別室保育でやりました。

しかし、これを読んだ方が、かつての私たちのようにボランティアで「子育てトークショップ」をするのであれば、「同室保育システム」がお勧めです!








対等で親しい関係
2014年02月09日 (日) | 編集 |
 かつて乳幼児の母だった頃、子育て広場に行った。
 その頃、そこでは、ママたちはスタッフを「先生」と呼び、スタッフは、私たちを「お母さん」と呼んだ。

 カナダで、同様の施設に行ったとき、スタッフと利用者は、お互いをファーストネームで呼びあっていた。

 日本と欧米の習慣の違い、と言っちゃうこともできるけど、これも、実は家庭支援学理論の体現のひとつ。

 その理論とは、

対等で親しい関係の上に支援は成り立つ。

 というもの。

 日本流の呼び方では、暗黙のうちに上下関係を匂わせてしまう。

 それが、ファーストネームつまり下の名前でで呼びあうことで、対等な感じになる。

 そして、そのほうが両者のコミュニケーションそして支援の提供に有効というわけ。

 確かになー。
「お母さん」って呼ばれるより、「マミさん」って呼ばれるところのほうに、

 行きたいもんなあ。


テーマ:子育て
ジャンル:ChildCaring
子どものフツウを知ってください
2013年12月19日 (木) | 編集 |
これは、ファミリーライフエデュケーターとして若い親向け講座をやるときによく使っていた自作資料です。
よかったら使ってください。

(以下、資料のコピーです)

子どもの「フツウ」を知ってください

~なんとこれが「フツウ」なんです。だからどうぞ気に病まないで。
もし、ここに書いてあることに当てはまらなくても、それもやっぱり「フツウ」です!~

生後すぐ~1ヶ月

ほとんど寝ている・よくぐずる・泣きやまない・ほとんどの子が夜泣きをする・無表情・うんちは、最初は黒で、すぐに黄色や緑や水っぽいもの、つぶつぶ交じりなどいろいろに。甘酸っぱい臭い・皮膚に赤いあざやぶつぶつ、頭にフケみたいなもの・頭のかたちははいびつなこと多し・お腹は出ていること多し・掴む力が強い・よく吐く・あくび、おなら、しゃっくりなどは一人前!・手はたいてい万歳している 

1~3ヶ月頃 

頭の後ろがはげている・髪の量は様々・おしっこ、うんちの量も様々・鼻のぐずぐず、胸のゼロゼロがあることも・母乳、ミルクの飲み方、夜の眠り方も赤ちゃんによって様々・しっしんが出てくる・ほとんどの子が夜泣きをする・笑顔や、アーアーウックンといった喃語が出てくる・指しゃぶりを始める・ふとんをけとばす・腹ばいにしても頭を上げない子もいる 

3~6ヶ月頃 

赤ちゃんらしい体つき、お腹が大きくO脚・頭のてっぺんに骨のない部分がある・おしっこ、うんちの量はやはり様々・よだれ多し・同じ月齢でも、体の大きさに倍ぐらいの差があることも・頭が大きい子、身体のほうが大きい子、同じくらいの子いろいろ・指しゃぶりも盛ん・うつぶせの嫌いな子もいる・うつぶせ時の頭のあげ方も様々・夕泣き、夜泣きなどは、理由のわからないことも多し

6~9ヶ月頃

歯が生えない子もいる・離乳食が始まるとおしっこが濃くなることがある・うんちは3日位に1度から1日に何度もまで個人差あり・うんちのとき顔が赤くなるくらい力むことも・身長60~75センチ体重6.5~10キロ位・体重の増え方が鈍ることあり・つかまりだちができない子もいる・人見知りをすること多し・母乳、ミルクはまだまだ飲んでいる・病気の時は頻繁に乳を吸う・偏食である・食べ方にムラがあることも・トイレのしつけは難しい・添い寝が当然・よく泣く・すぐ抱っこしたがる・夜泣きする子も朝まで起きない子もいる

9ヶ月からお誕生過ぎ

6~9ヶ月の特徴が続く・やせてくることが多い・身長67~78センチ体重7~11キロ位・歯の生え順に決まりはない・歯ぎしりをする子がいる・寝る時間が減る・夜泣きする子も朝までねる子もいる・ハイハイをしない子もいる・歩かない子もいる・怖がりになる・母親がいないとダメになる・おちんちんなどをいじくる・芸を覚えない子もいる・トイレのしつけはまだ難しい・まだしゃべらない子もいる・母乳、ミルクはまだ飲んでいる・遊び食べ、食べ散らかしをする・夜中に起きて遊びだす子がいる・音楽、踊り好き・親が「じゃま」「いたずら」と感じること多し

1歳半くらい~

落ち着きがない・あきっぽい・偏食、量にもムラ・母乳をまだ飲む子もいる・片付けはできない・わがまま・かんしゃくをおこす・お気に入りができる・けちんぼう・人にものを貸さないのに人のものをほしがる・なまいき・じまんげ・服を選び始める・大人のものをいじりたがる・親にまとわりつく・お母さんのほうが好き・注目がないと大人の間に割り込んでくる・きょうだいに関心がないことも・友だちと遊べない

2歳前後~

1歳半くらいからの行動は続いている・一つの事を長時間することもある・母乳を飲んでいる子もいる・偏食のある子もいる・片付けはできない・かんしゃくが激しくなる・けちんぼう・「ひとりでする」が多くなる・注目を得ようとする・子どもをみていても仲間に入ろうとしない子も・どもることもある・昼寝をしないことも

3歳~

かんしゃくがへってくる・干渉をきらう・ほめる、叱るに敏感・約束はできるがすぐ忘れる・戸外大好き・できないことも一人でやりたがる・できることでも「やって」と甘える・まだお母さんのほうが好き・添い寝もまだしている・きょうだいと遊び始める・友だちと遊び始める・けんかもする・おしゃべり・うそでごまかす・譲り合いはできない・想像の話をする

作成者
林真未(ファミリーライフエデュケーター)
     Eメール mami@family.nifty.jp
   ブログhttp://saeru2013.blog.fc2.com/
ノーバディズパーフェクトプログラム
2013年12月08日 (日) | 編集 |
「プログラムが私たちのために発展するのであって、私たちがプログラムに仕えるように要求されているのではない」・・・Dolores Curran : Working with Parents

 今はどうなっているのか知らないけれど、ひところ、子育て支援業界ではカナダ生まれの「ノーバディズパーフェクトプログラム」が流行った時期があって。2005年前後くらい?

 私も、ライアソン大学で家族支援を勉強する前は、このプログラムのファシリテーター養成講座(当時はまだ準備中だった)を受ければ、お母さん向けの講座「ノーバディズパーフェクトプログラム」ができると聞いて、「わ、養成講座受けたい! 最高じゃん」と思いました。

 なぜなら、当時の私は、保育教育心理etcなど、子育て支援という名のつかないころから、子育て支援的なものを図書館に通って独学しており、でも、その成果を発揮する場がなく、その力を持て余していたので。
 
 どんなに勉強しても、大学教授や保育士などの肩書がないと、支援を仕事にはできない。
 だからそのプログラムのファシリテーターになれば…と、飛びつきたかったのです。

 でも実は、これって極めて日本人的発想。
 よく考えたら、別に当時の大学教授も保育士も、子育て支援を学問としてどこかで勉強したわけではなく(だって、家族支援学の完全な学習プログラムは未だ日本には存在せず、英語圏のそれを系統的に学んだのは、日本では私が初めてなんだから。)、私と同じように子育て支援を独学していただけなのに。
 向こうは肩書があって、私は「お母さん」だから、差があると思い込んでいたのです。

 一念発起してライアソン大学で家族支援を学んだ時、そのことを、レポートで書いたら、向こうの先生に言われました。
「君がやりたいのは子育て支援だろう? 子どもを自分の手で三人育てたというキャリアは、それに一番ふさわしいんじゃないのか?」って。
 目からうろこでした。
 あれが、自分に自信を持った瞬間だったな。
 周りを見廻してみれば、実際、私より聡明な人たちは、家族支援学を修めるなんて回り道をせずに、「お母さん」のまま、素晴らしい支援活動を展開して、今ではちゃんと仕事として成り立たせている。

 ホントに私は鈍いんだよなあ。
 
 でもまあ、自分の独学がどの程度のものなのか知りたくて、そして主婦以外の肩書がほしくて、飛び込んだ家族支援学だったけど、結果的には、私は間違っていなかった。
 卒業する時には学部全体の最優秀者候補にノミネートされて、「あなたは天性の家族支援の力を備えている」とまで言ってもらったのよ♥(自慢で感じ悪いけど、思い出したから書いておく)



 そして家族支援学を修めてふりかえってみれば、私が「素敵!」と飛びつかんばかりだった日本の「ノーバディズパーフェクト」導入は、とんでもない大誤解の上に成り立つ砂上の楼閣でした。

 しかし、私が脇目も振らず英語での家族支援学の勉強に没頭している間に、大学教授の皆さんは、すでにこのプログラムのファシリテーターを、なんと7万円という高額で養成するシステムを展開していらっしゃいました。

 それを知ったのは、インターネットを通じて私の存在を知ってくださった四国の子育て支援者の方からの一通のメール。「七万円は、自分にとっては大金。このプログラムをどう思うか?」という素朴なご質問でした。

 その後、他からもメールをいただき、それによると、当時このプログラムは大人気で、高額にもかかわらずファシリテーター養成講座の受講希望者は後を絶たないとか。それどころか、このプログラムを採用する自治体や保健所が全国のあちこちにって。

 ヤバいヤバいヤバい!

 なにをしているのよ!

 というのが率直な私の感想。

 だけど、わかる気もする。私だって家族支援を学ぶ前は、このプログラムがキラキラ光って見えたもの。

 でもね、違うんですよ。

 
 本来、家族支援のプログラムっていうのは、

●地域に合わせて
●自分たちの持っているものを活用して
●お金をかけずに

 作るものなんですよ。

「ノーバディズパーフェクトプログラム」は、

●カナダのハイリスク層向けにアレンジされた
●カナダの風土やシステムに即した

プログラムであって、それを、

●お金をかけて

導入するなんて、

私の学んだ家族支援理論とまったく相反する行為。

 お願いだから、ノーバディズパーフェクトプログラムの前に家族支援学を知ってください(インターネットにいくらでも英語の資料は載っているし、日本語じゃなきゃダメな人には、このブログをがんばって更新するし、ボランティアで講座も提供します。ちょい古サイトですがここも参考になります→関西家庭支援勉強会)。
 ノーバディズパーフェクトプログラムは、カナダでは、家族支援理論に基づいた百以上にのぼるプログラムの一つに過ぎません。だからもちろん、家族支援学の基礎がなければできない、わからないプログラムだし、このプログラムの魅力的な部分は、このプログラム特有のものではなく、数多のプログラムに共通する家族支援学の理論なのです(それさえも誤解されているらしいけれど)。

 それにファシリテーターというのは役割名で肩書名なんかじゃない。
 資格があればできるというものでも、なければできないというものでもなく、個々のセンスで100人いれば100通りあるといっても過言ではないもの。

だから、私は、

「家族支援理論に基づいて、自分たちでオリジナルプログラムを作るのが正解」

とずっと言ってきた。

 でも、日本製「ノーバディズパーフェクトプログラム」の推進者は、子育て支援業界の大御所の大学教授ばかり。
 私なんて、「初めて北米の家族支援学を学んだ有資格者、ファミリーエデュケーター」と謳ってはいるものの、実際には、地方住み(当時北海道にいた)で、子育て支援活動より自分の子育てを優先して、できる範囲でしか活動していない、蝋燭の小さい炎のような支援者。

 瞬く間にこのプログラムが全国に広がるのを止めることはできなかった。

 せめて。
 と自責の念に駆られて、共感する仲間と、関東と関西で家族支援勉強会を主宰したのと、引っ越した直後くらいに練馬区に意見書を出したのと、出会う人ごとに上記のような解説をしたのがせいぜいやれたこと。

 それでも、すでにファシリテーターとして活動している人には、あまり歓迎されない情報だったように思う。みんな悲しそうな顔をしたもの。せつなかったな。


 
変化の階段(Staircase to change) 
2013年11月10日 (日) | 編集 |
このカテゴリでは、すでにおやしえんを実践している人が、知っているとラクになるミニ知識を書いていきますね。


 では、まずは「変化の階段(Staircase to change)」について。

 カテゴリKey Words にて、家族支援、コミュニティ支援の目的は「make a difference」と書きました。世の中を、人をちょっとだけいいほうに変えよう、という精神です。このミッションのもと、そのひとつの方法であるファミリーエデュケーションも、当然、参加した人が少しだけでも変化することを期待して行われています。たとえば、子どもへの声かけや、家族についての考え方などが、正しい方法にではなく、その人がより幸せになるために変化することを、目指しているわけです。

 ただ、家庭支援職の資格課程でも、カナダの家族支援団体がまとめたファミリーエデュケーションの手引書でも、この「変化」ということについては、しつこいほど解説をしています。

 それは、この「変化」というのが曲者で、なかなか手ごわい相手だからです。

 さて、変化を解説をする理論はいくつかあるのですが、一番わかりやすいのが変化の階段です。
 階段状の図を使って、人間の内面的変化が、実際どういうふうに推移するのかを詳しく分析しています。
 階段は4段。その4段階のタイトルだけ書きますね。


4段目.考えることも気づくこともなくそれができる

3段目.考え、自覚していなければそれが出来ない

2段目.知っているけれど出来ない

1段目.知らないし出来ない


 この4段を、人は長い時間をかけて、行きつ戻りつしながら、あるいはある段階で立ち止まりながら、ゆっくりゆっくりと登っていくそうです。もちろん、この段階それぞれに詳しい説明があるのですが、それを書くと長ーく長ーくなってしまうので、ここではカットします。本当は、変化の階段だけでなく、変化理論全体について、詳しくちゃんと知っておくと絶対いいですよ。


 まあとりあえず、とにかく、人間の、社会の変化・変容は、そう簡単に起きるものではなく、たとえ変化したとしても元に戻ることがあり、大局的に行って非常にゆっくりとすすむものなのだ、と知っておきなさい、と家族支援学は説いています。


それを知っておけば、支援者は、目の前の現実にうろたえなくてすみます。

 誠心誠意仕事をしても、相手が、あるいはコミュニティが変わる様子が見えないとき、無力感や焦燥感にとらわれず、落ち着いて推移を見守ることができます。今は変わらなくても、必ずその礎となる仕事をしたのだと信じて、現実を焦らず受け止めることができるのです。