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日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
もうおまえは勉強ができなくてもスポーツができなくてもそんなことはどうでもいい
2017年12月08日 (金) | 編集 |
 高3の息子と雑談。

「おまえの学校でもいじめとかあったの?」
「あったよ、中2の時」

5年前か。

「それで、いじめがおきたときおまえどうしたの?」
「やめさせた。俺いじめだいっきらいだから」

「なんできらいなの?」
「だって、俺って勉強もスポーツもできないから、完璧いじめられるタイプじゃん。だからいじめられたらいやだなって思って。だからきらい」
「いじめられたことあるの」
「それがないんだよ。それですごく幸せだったから、いじめは、ないほうがいいなあと思って」
たしかにこいつは昔から、勉強もスポーツもできないのに人気だけはあった。

「それなのに、中2の時、俺よりスポーツもできてお金持ちのヤツがいじめられていたからさ、そいつがいじめられることはないよなあと思って」
「でも、どうやってやめさせたの?」
「いじめてるヤツを殴った」
「え!!! クラスメート殴るって大問題じゃん。学校で問題にならなかったの?」
「だって先生知らないもん。(先生がまだ教室に来ない)朝のうちの出来事だから」
「よくもまあ。。。」
「みんなうっすらそいつがいじめていること嫌だなって思ってたから、代表でやったんだよ。そしたらいじめなくなった」

すごいな、おまえ。
大人の知らないうちに一人でいじめ解決かよ。

「あ、俺それ以外人を殴るなんてしてないからね」
そりゃ、そうじゃないと困る。

「でも、俺が殴ったいじめっ子のヤツ、逆にそれ以来嫌われちゃって、クラスで話すヤツいなくなって、それからずっと俺とだけ話してた」
昨日の敵でも、あくまで弱者の味方かよ。



もういいや。おまえは勉強ができなくてもスポーツができなくても、そんなことはどうでもいい。

そんなレベルの話じゃない。

もっとでっかいスケールで、おまえはちゃんと生きてる。

大人の知らないところでいじめを解決して、それを5年間も誰にも言わずに(というか、聞かれなければ一生言わなかっただろう)のんきな顔してるんだからさ。しかもいつも弱者に寄り添って。

おまえのすごさにうちのめされたわ。







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冒険遊び場が特別な場所である限り
2017年10月01日 (日) | 編集 |
「小学生のときプレーパーク(冒険遊び場)連れてかれるの、やだったー!」という息子の衝撃発言から、冒険遊び場大推進派だった私は、子供と、子供のための大人の活動について、ずっと考えていて、最近見えて来たのは、冒険遊び場が特別な場所である限り、子供にとっては環境ではないんだなあということ。
常設の冒険遊び場であっても、それが子供の意識のなかで自分の周りに普通にあるもの、普通の公園みたいな特別じゃない場所として認識されないと、環境になれないんじゃないかな。
世の中そのものというか、置かれている状況というか、暮らしそのものというか、その中で、子供だけで生きていくのが子供で、それが自然。ワイルドネーチャーという意味の自然ではなく、本性というような意味での。だからコンピュータ溢れる現在に、コンピュータゲームするのは自然。
そりゃ私(大人)は子供には火遊び木登りしてほしい。
けど一方で、子供を子供だけに任せてあげたい。


余談ですが、うちの息子の場合は、任せた結果道端で木の棒振り回して戦いごっこ、どんつきの道路上でカードゲームというワイルドな結果になりましたが、ご近所が鷹揚だったからよかったもののイマドキ顰蹙以外の何者でもない。
(だから少子化なんだよな)


子供のためのイベントってたくさんあるけど、ほっといてあげるのが、いちばん子供のためっていう気がする。

学校だけはさ、大手を振って子供にコミットできる感じがして、それで私は教師の仕事が好きなんだけど、
子供にコミットしたければ、学校は講師料払えないけど、教師じゃない人もボランティアで学校教育の中に入って思う存分やって、子供の学校以外の時間は一切手をつけず、「くまのプーさん」じゃないけど、子供に何もしない時間をあげるっていうのはどうかなあ。

そうすっと、英才教育できないから、
凄い選手とか出なくなっちゃうかなあ。


保育士に預けるなんてもったいない
2015年11月08日 (日) | 編集 |
 乳幼児の子育てについて発言をしている大物の方とお話しする機会があり、そういえば…と思いだしました。

 女性を社会で働かせようというムーブメントの波にのって政府の保育所増設方針が出た影響なのか、経済状況の悪化によって母親も働かざる負えない状況が生まれたせいか、最近は子どもが赤ちゃんの頃からの保育所利用を考える女性が多いそうです。

 それで私自身の子育てのことを、そういえば…と思いだしました。

 私は「0123歳のこの一番可愛い時期を、保育士さんに育てさせちゃうなんて、もったいない!」と思って、自分で子どもを育てました。もとい、自分の手許に置きました。(育てたというほときちんと世話をしていなかった(-_-;))
あれは本当に幸せな日々だったと思う。

 普通に暮らせるだけの世帯収入があったからできたことかもしれませんが、もしかなり貧しかったとしても、私は可能な限りこちらの選択肢をとったと思う。

 だまされないで。

 女性が輝くというのは、なにも社会で働いていることと同義ではありません。

 いろんなやりかたがあっていい。
 ここに書き尽くせないほどのいろんな選択肢から、自分らしい方法を、後悔しない選択肢を 選んでほしいと思う。

 永遠に続くかと思われる0123歳児との暮らしは、確実に、じきに終わりを告げるから、
事情が許す限り、一緒にいることを私はお勧めします。

 ただし、家庭で子育てを選択した場合にも、週1回くらいのお預かりはほしい。
 これ、ぜんぜん贅沢じゃないですよ。
 むしろ権利だって、私はもうず――――と前から言っている。
 乳幼児の世話は、この上なく幸せな仕事であると同時に、休みが必要な仕事でもある。
家で子どもを見ている世帯は、保育所に子どもを預けている世帯に比べて、社会費用のかけられ方が少なすぎるんですから!
週1回くらいの保育費用助成くらい、フル保育所利用世帯に比べれば、ぜーんぜん少ない社会費用だと思うんだけどなー!ついでに家族支援もつけて。

 本来、お父さんが働きお母さんが家にいるのが当たり前だった頃に、お母さんさえ働かなくちゃ食べていけなくてほっとかれている可哀相な=保育に欠ける子のための施設であるのが、保育所。

 でも今は、お父さんだけでも充分食べていけるけど、お母さんも自己実現のために働きたいから保育所利用したいという世帯も少なからずある。共働きという保育要件を満たすからって、そういう高所得世帯が社会費用をたくさん使って、低所得の片働きが社会費用をかけてもらえないっておかしくない? 親が子を育てるっていう本来的な営みを選択したほうが損するっておかしくない? 
 きっと、時代が変わったのに、法律が変わらないから、おかしなことになっているんだ。
 男女平等と女性の社会進出が進み、地域が消えて弧育てが普通になった今の現状に合わせて、法律も変えてもらいたい。お母さん(か、お父さん)が働かずに子育てすることをを選択した世帯にも、社会費用をかけてください。

 乳幼児の子育て家庭に週1回の安定した保育と家族支援を提供すれば、児童虐待は確実に減りますよ。







 


保育士資格取得マラソン
2015年11月08日 (日) | 編集 |
 春から、手をつなごで、保育士資格取得マラソンを始めて、好評のうちにこの秋に終わらせていただきました。

 また来年1月応募が始まるので、2016年度もこの講座は続きそうです。

 そんななか、練馬区内の当事者(母親)団体も、この秋から、保育士取得応援講座を始めたとのニュースが。
 コンセプト、ほぼ同じ。
 パクリかもしれないし、偶然かもしれない。
 どっちにしても、こういう動きが増えるのはとっても良いことだと思います。
 どんどん広がれ~。

 でも、こーいうプログラムをいっちばん最初に思いついたのは、この私だぞーと、ここでささやかにえばっておこう。
 だからどうってことはないんだけど。家族支援のコンセプトは、「コミュニティに役立つことならどんどんシェアしよう」ということと私は理解しているので、知的財産保護とかアイデアの無断使用とか、そういう考え方とは無縁ですから…。
 
 そういえば、学校の先生もそうだ。
 授業のアイデアとか、子どもの動かし方とか、自分が思いついたり開発したりしたそういうの、どんどん「使って使って」って言ってくれて、しかも、手作り教材とかも惜しげもなく貸してくれる。私が思いついたのよ!なんて1ミリもこだわっていないんだよな。
 だから、教師業界には、いつか誰かが思いついたアイデアや、いつか誰かが作った教材やワークシートが、学校を超えてやりとりされていて、使えるものは淘汰されて残っていくという、なんというか、素晴らしいストリームがあるのだ。
 
 だいたい、かんがえてみればさあ、日本はそれでやってきたんじゃないの?
 そもそも著作権なんて、欧米の発想でしょ?
 もしかしてアジアにはそんな感覚ないんじゃないかなあ。
 
 だって、昔、「武器より楽器を」でおなじみ(?)の喜納昌吉さんが、「花」(♪なきなさーい~わらいなさーい~ っていうあのうた)が、アジア中ではやっていて、でも、著作権っていう観念がないから、印税は全然入ってこないって笑っていたのをテレビで見たことあるもの。
 考えてみれば、中国の海賊版問題も、同じ感覚なのかなあ。にほんで「とんでもない」って怒っているけど、そもそも悪事という感覚がないのでは?…

 私も、この子育て支援業界界隈では、いろいろ思いついて言い出して広まったことあるんだけど、
 私の場合は、それらも、私が始祖だということを日本ですら知られていない。
 というか私がだぶんそうじゃないかなーって思っているだけだもんなー。とりあえず、最初に言い出したの私だと思うんだけどなシリーズがまた一つ増えた。


 すみません、話がそれました。


 さて、話を戻して。


 保育士資格って、お金かけて学校行かなくても、ユー××講座受講しなくても、一定の条件を満たしていれば(大学卒とか、中卒、高卒なら児童福祉視閲での勤務経験があるとか)、何歳でも受験できて、しかも数年かけてとることも可能だから、全然、独学で取れるんですよ。
 
 しかも、保育所だけでなく、一時預かり、ひろば、養護施設、学童保育など汎用性があって、
 しかも、一生使える。
 しかも、今は空前の保育士不足。
 わが手をつなごもフレキシブルに働ける保育士さんを必要と感じることが多いです。

 しかし、そういう情報は意外と知られていない。

 そこで、潜在的に保育士資格を取得したい、取得できそうという人のために、とこのプログラムを始めました。
 もう全く採算無視ですよ。ボランティア、社会貢献企画です。運営側は一切ギャラもらっていないんだもの。


 ちなみに、小学校教員も、
 通信教育で取得できて、
 しかも東京都など一部の自治体は、60歳まで受験可能で、
 しかも、今は空前の代替教員不足ですから、
 正式採用されなくても臨時採用は、絶対ある。

 こっちも相談に乗りますよ~。




 

 

 

 

 
「あの、しあわせだった日々…」
2013年09月12日 (木) | 編集 |




子どもが生まれたとたん、
すっきりと片付いていた部屋の中は、なんだかいろいろ散乱して。

優雅な主婦の昼さがりは消え去り、
まいにちまいにち、小さな子どもにまとわりつかれて、

この子が大きくなるなんて想像もできず、
この暮らしが永遠に続くような気がしていたあのころ。

だけど時は確実に流れて、
子どもたちは着々と大きくなって。

おむつや絵本やトーマスは、
いつの間にか部屋から姿を消した。

しつこく抱っこをせがんだあの子も、
今では、手をつなぐことさえいやがるのだ。

ざつぜんと、わさわさと、暮らしていた
あの、小さい人との夢中の日々。

ただ毎日を暮らすのに精いっぱいで、
しあわせかどうかなんて、考えもしなかった。

だけど、今ならわかる。
あれは、この上もなくしあわせなじかんだった。

戻りたい。
あの、しあわせだった日々…。

自転車ドライブスルーと言えば(リリコ)
2013年09月10日 (火) | 編集 |
地元商店街の八百屋さん、おなじみの豆腐屋さん、たい焼き屋さん、
新顔ではフランチャイズの唐揚げ屋さん。
商店街に面した小さな店では、自転車ドライブスルーのおかあさんたちをよく見かけます。
さえる自転車ドライブスルー_convert_20130910090234


自転車に、子どもと荷物乗せてどこでも出かけてた頃が、今となってはすごくなつかしいなあ。

子どもが小さい時の、おかあさんのパワーはほんとにすごい。
前後に子ども乗せて買い物荷物は子どもに持たせて、前のめりになって自転車こいでるのを見かけると、
「がんばれ〜!大変な時期はあっという間に過ぎてしまうからね〜」って、心の中でエールを送ってます。







自転車ドライブスルーを開拓する
2013年09月09日 (月) | 編集 |
子どもが小さい時って、なにをするにもスラッといかない。
たかが郵便局でATMを使うだけなのに、0歳と3歳に
*トイレに行かせて
*上着を着せて
*靴を履かせて
*自転車の前後ろに乗せて
*やっと出発。

で、郵便局についたらまた、0歳と3歳を
*自転車の前後ろから降ろして
*0歳は抱いて3歳は手を引いて
*通帳をバッグから出すためにやむなく手を離した3歳が
*どこかへ行ってしまわないかいたずらをしないかを目で追いつつ
*「こっちにいなさい!」と大声をだしつつ
*やっと機械を操作する。

ここまで頑張ったとしても、操作しているうちに抱いている0歳がタイミング悪く泣き出して、もうこっちが泣きたくなったりして……。
独身の頃はATM操作なんて、移動の合間の他愛もない事だったのに……。

スーパーでも同じこと。子どもの好きそうなハンドルつきカートとか、子供用買物かごとか、いろんなサービスが増えたけれど、上記のような、子どもたちのお出かけの用意、自転車からの積み下ろしが軽減するわけではなく…。

毎日の暮らしの中では日用雑貨や食品の買物は不可欠。必要に迫られて重い腰をあげスーパーへ行き
*子どもたちをコントロールしながら
*やっとの思いで買物を済ませ
*さあ帰ろうと自転車をまたいだ瞬間、買い忘れに気づいて、
またこの子らを降ろして連れて行くのか……と暗澹たる気持ちになったことも。
 
そんな中、ウチの近所の和菓子屋さんでの買物はありがたかった。その店は、道沿いにショーケースを置き、店内に入り込まなくても選べるスタイル。みたらし団子や手作りおにぎり、巻き物も置いているので、子育てママに大人気。
お店のおじさんは、前後に子どもを乗せたまま自転車を引く私の様子を、ショーケース越しに見ると、いつも、
「ああ、そのままでいいよ、ちょっと待っててね」
と、わざわざ店内から出てきて、買ったものを自転車の籠にしっかりといれてくれていたの! そのうち、
「手を離すとあぶないから、お財布いじってよければおじさんが自分でもらうよ」
 と、自転車籠の中にある鞄から財布を取り出し、支払いまで代わってくれるように(゚o゚)。

 つまり、客が自転車を乗り付けて商品を選び、それを伝えるだけで買物が済んでしまうシステムが、この店では自然発生的に出来上がってしまったのだ!

 味をしめた私は、これを「自転車ドライブスルー型買物」と名付け、近所でこれができる店の開拓を開始!

 じっさい、昔ながらの個人商店なら、商品が奥に並んでいても、買うものが決まっていれば
「すいませーん」
 と呼べば、お店の人が持ってきてくれるし、価格設定はスーパーより少し高めだけど、仲良くなると、お店の人が子どもにお菓子をくれたりするし。
 そうそう、和菓子屋さんのおじさんみたいに、小銭入れさえ持っていけばそこから代金を取ってくれることも。そういや、昔は酒屋とか、お金をその場で払わなくても「ツケ」で買物できたんだよな…。

 さて、この要領で、いくつか自転車ドライブスルーできる店が出来てからは、私のチビを連れてのお買物、少し楽になりました。
 それに、個人商店で買物するということは、スーパーに押されて客足が遠のく商店街の活性化に、少しは寄与している気もして、妙に充実感もあるのよー。

 個人商店で自転車ドライブスルー、お薦めです!
  

4コマまんが「子育て支援者マミ」
2013年09月03日 (火) | 編集 |
昔描いた4コマ出てきたので、載せときます。
この4コマ、実話だから!(笑)

マミの、3人の子持ちでありながら、
カナダの大学で資格を取ろうと奮闘する行動力、貪欲にやりたいことを実行するパワーには、心から「すごいな〜」と思ってたけど、
その代わり、家はぐちゃぐちゃ。
でも、なんとか回っていってる。
「あ〜、これでいいんだな」と(笑)

当時のマミ家に遊びに行くのは、すごく楽しかった!
家は散らかってても、子どもは楽しくスクスク育ってるし、
忙しい中でも子どもたちと色んな事にトライして、
子育ても楽しんでるところが、
子育ての後輩だった私にも伝染して、楽しかったのです。


しっかし、あんなに、ダラダラ寝てばっかりいたマミが・・
今は小学校の先生やってるなんて、信じられん。
人生は、本当にわからないものですね〜・・(リリコ)
さえる まみ4コマ_convert_20130905111601

見ただけで私をわかったと思うなよ
2013年09月02日 (月) | 編集 |

 @生活ウオッチャー・西本則子氏のマーケティングによると、世田谷あたりには『3高ママ』が生息しており、活発な消費活動を行っているそうな。
3高、というのは、高学歴、高収入、高齢出産。
自分自身もキャリアウーマンで一年間の育休暮らし。夫と合わせた世帯年収はゆうに1000万円を超える。そして、その財力を武器に、流行のスポットにいち早く登場し、家事の外注、ネットスーパーにネット通販(海外含む)を賢く利用、その他ホームパーティのケータリングサービス、産後の身体やおっぱいケアなど、快適な育休ライフ創出のためには、お金は惜しまないのだとか。

 いっぽう埼玉あたりになると世帯平均年収400万円以下で、トイレのタンクにペットボトルをいれるような節約につとめ、食料品は、自転車の前と後ろに子どもを積んで安売りスーパー、子どもの服は「西松屋」オンリーという母たちの世界が広がっているらしい。

 お見事な母親ウオッチングに拍手と同時に、つまりそれは、お母さん業界にも今はやりの格差社会出現っていうこと?と気づく。

 あらまあ…切ない世の中になったものです。

 しかしなあ…。
住んでいる場所や階層で、そう簡単にカテゴライズされてしまうというのは、母親の一員として、私はちょっとくやしい気がする。

 ハイヒールに巻き髪、メーク完璧の『3高ママ』が、白いコットンシャツにノーメークの
『プレイパーク大好きママ』に混じって活動してますとか、普段はつましく暮らしていても、実はアイリッシュハープ習っていますとか、自然食やシュタイナー教育で子ども育てているけれど、夜はスナックでバイトしてますとか、そういう意外性や得体の知れなさがほしいなあ。

 どうせならそんなかあちゃんになって、

 「一目見ただけで私をわかったとは思うなよ」

 と、世間に向かってたんかを切ってみたい気もします…。
人生は流転する
2013年08月30日 (金) | 編集 |
毎日毎日チビの世話ばかりしていると、
本当に、この小さな子がいつか小学生になるなんて、
ましてや、あのでっかい中学生になるなんて、

とても信じられない。

オムツをかえてご飯を食べさせて公園に連れて行って
お風呂に入れて寝かせてまた起きて……

という暮らしが、
永遠に続くような気がする。

だけど、本当にそのときはやってきて、
たどたどしい歩みも、舌足らずなしゃべり方も、
いつかなつかしい思い出になる。

いちど専業主婦になったとしても、
ちがう職業についたとしても、

21世紀の女の人生は、
まだまだ思いがけなく展開するはず。

20世紀にも、こんな女性がおりました。

アメリカの人気画家、グランマ・モーゼス。

彼女は、75歳のときに絵を始め、
101歳までに1600点あまりの作品を残し、アメリカ中に愛され、
晩年には「グランマ・モーゼスの日」という祝日まで制定されたのです!

人生は長い。そして、絶えず流転する。

果てしなく続くような気がする、
子どもの世話に追われる毎日の後には、
それぞれ一人ひとりに、必ず、ちがう地平が続いている。

さあ、これからがたのしみだ。