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日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
家族問題1が終わったら、家族問題2 なのだ…
2017年05月06日 (土) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑭

 家族問題1を修了すると、家族問題2という科目にすすめます。
家族問題1で、家族に起こりうる問題を網羅、分析した後jは、家族問題2で、それに対するアプローチとその理論を学びます。

ここに、その内容を羅列すると…

The promotion perspective and the Ecological Framework
(最新の「促進理論」についての解説と、家族、個人のおかれた環境を含めた家族、個人理解の方法)

Power and Enpowerment
(支援の基本・エンパワーについてや、パワーウイズとパワーオーバーの違いなど)

Capacity
(回復力についての理解、力をつけ強みに注目するやり方の検討)

Individual and Social Change
(個人と社会の変化理論解説)

Family support Intereventions
(家族支援機関による介入の方法について。ファミリーライフエデュケーションの方法論など)

いやー、本当によく勉強したなー。

それが、私のフィルターを通ると

母親支援の現場では、
「ま、気楽にやればいいのよ」
になってしまうので、

私の講座に来たお母さんたちは、
「この人本当にちゃんと勉強したのかしら」
って思ってたかもなー。

でもさー、難しいこと言ったって仕方ないじゃんね。

この、英語で羅列した内容を語れと言うのなら、
それぞれの項目について、
いくらでも語れますけどね。

でも、みんな難しい話あんまり好きじゃないからねー。

それに、そもそも、私がファミリーライフエデュケーションを学んだ2000年初頭は、まだ、日本の社会のほうが、それを必要とするところまで至っていなかったから、語る場面はあんまりなかった。

私も、控えめな性格だし(ほんとかよ)。

それでも、感度のいい人たちが、私の所に訊きに来てくれたのが、とてもうれしかったです。
みなさん、あのときは本当にありがとう。





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マリー先生からのカード
2017年01月04日 (水) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑬

私の机の上には、「家族問題」担当講師のマリー先生がくれた直筆のメッセージカードが額に入れて飾ってあります。

 3年かけて日本で子育てしながら通信教育で課程を終えた後、卒業証書を貰いにカナダへ行ったとき、先生方が食事会をしてくれて、その時にマリー先生もいらして、このカードをくれました。

 先生、といっても、この資格課程はそれぞれの科目ごとにプロフェッショナルが講師を務めるので、マリー先生も大学教授ではなく、ソーシャルワーカー系の家族支援者。ゲンバの人です。

 私にはもったいないくらいの言葉が書いてあるんだけれど、へこたれそうになったとき、これを眺めると、もう一度元気が湧いてくる。

 資格を取得して、ささやかながら、いろいろなところで講座をしたりエッセイを書かせてもらったりして、それは「普通のお母さん」をしていた頃に比べて、なんとなく憧れていたカタチ、夢の実現に、はた目からは見えるでしょう。

 だけど、プロを名乗るということは、それだけクオリティを維持していかなければいけないことだし、充分なものが提供できているのか、絶えず不安が付きまといます。
 活躍している支援者の噂を聞くと頑張ろうと奮い立つけれど、奮い立った途端、批判を恐れて露出することにおびえたり、頑張ったつもりがうまく伝わらなかったり、など、現実には、なんだか苦しいことの方が多いです。

 なによりも、私が一番大切にしたかったはずの家族の時間は奪われたまま。
 自分の両親が仕事に忙しく、手作りとは無縁の子ども時代だったから、
 自分が家庭を持ったアカツキには、

 ハーブを育て野苺を摘んで、ペーストやジャムを作って、
 天然酵母でパンを焼いて、
 羊の毛を刈り綿花を育て、日がな一日糸をつむいで
 晴れた日には、森の陽だまりで、本を片手に子どもの遊ぶ姿を追って

 という暮らしがしたかったはずなんだ私は!!!!

 それがあたふたと炊事洗濯を電気の力を借りてすませて
 子どもがまとわりつくのも
 ああうるさい
 と適当にいなして
 PCの前で画面とにらめっこする日々。

 結果、
 手作りするはずの全てを、
 ファミリーライフエデュケーターのギャラで購入している悪循環。

 それなのに、

 もしも私ががんばらなかったら、
 また母たちはつまらない説教講座に付き合わされるんじゃないか。
 よいお母さん礼賛のエッセイに縛られるんじゃないか。

 私の知っていることを伝えたら、少しは支援者の役に立てるんじゃないか。

 なんておせっかい心が止まらないのです。

 そして必ず、それと同時に、
 そもそも私にそんな力なんてあるのだろうか。

 という不安が襲ってくる。
 
 そんなとき、マリー先生のカードを見やるのです。
 そしてその、過分の言葉を自分に言い聞かせるのです。


卒業おめでとう。
違う言語で、遠くの国から、課程を修了するなんて
なんてすごいことでしょう。

あなたは私の生徒の中で
一番興味深い優秀な生徒でした。

あなたは家族の問題を感じ取り、
そして彼らの長所を伸ばす、
天性の能力を持っています。

私は
あなたから日本の家族についてたくさんのことを学べたし、
自分があなたのお祝いに参加できたことを誇りに思います。

あなたが、未来においてもベストがつくせますように。
グッドラック。

(原文英語)
LGBT
2017年01月04日 (水) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑫ 追記

 この宿題が出たのは2001年のことで、その頃のカナダでは、同性カップルが養子の乳幼児を連れて、子育てひろばに遊びに来ていた。
 私が見たのはレズのカップルで、明らかにお父さんらしき女性とおかあさんらしき女性が仲良く子どもを遊ばせていて、スタッフも他の利用者も、特に気に留めることもなく。
 きくところによると、同性カップルが子どもがほしい時のためのワークショップなんていうのもあるんだそうで。

 日本ではやっと、渋谷区が先陣を切って同性カップルを認めたり、バイセクシャルなんて言葉がふつうに使われたりするようになたけど、でもまあ、いろいろ、まだまだだもんねえ。
 ふつうに、奇異な目で見られることなく、子育てしてるカップルって、いるのかなあ。

 ほんとに、英語の世界と日本語の世界に、いつも15年のタイムラグを感じる。

 もちろん、英語の世界にも根強く偏見とかいろいろあるのはあるんだろうけど、支援の充実ぶりはやっぱり羨ましい。

 
たとえばこんな宿題
2017年01月03日 (火) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑫

 前回、内容と言って英語を羅列しただけだったので、ここに少し日本語で内容を…と思ったのですが、これがどうも、日本語にすると漢字が多いから、なんか難しくて難しくて難しいイメージになってしまうのだよ。

 めげずに書いてみると。

 家族問題という講座は、文字通り、家族という形をあらゆる角度から眺めて、それが持つ機能や現実問題を明らかにしていく講座。それは、家族という言葉の定義づけだったり、家族形態の歴史の振り返りだったり、家族内のパワーバランスだったり、母や父の役目だったり、家族と仕事の関係だったり、家庭内暴力や児童虐待や貧困問題だったり。
 当時の講座の内容は以下の通り。

1.社会の中の家族
2.家族の発達の新しい見方
3.(関係性や社会における)”パワー”の問題について
4.文化的差異、多様性 そして偏見
5.女性の性的役割とされていることについて
6.家族の中の男性、父親としての男性
7.結婚と離婚
8.受胎・出産・子育て
9.仕事と家族
10.貧困
11.家族の中の暴力、虐待
12.介護者、世話する人としての家族
13.回復力と可能性

というわけで、考えうるあらゆるテーマを網羅して、しかもそれらをただ読んで学ぶだけでなく、脳みそをフルに使ってひとつひとつ「熟考」しなければならない。

 あー、やっぱり難しっぽくなっちゃう。
 ちがうんだよ。
 ちがうの。
 
 いろんな文献や最新理論、それに鋭い質問が毎回出てきて
 ほんとに学ぶのが面白いんだよ。

 日本語で、漢字で書くと、どうしてもとっつきにくくなっちゃうね。

 そうだ!

 それじゃあ、実際に出た宿題を一つ紹介しましょう。

 (宿題)映画分析
 「イン アンド アウト」(1997)または「ファミリー・再会の時」(1998)のどちらかを見て、それを元に8ページ以上のレポートを書きなさい。インストラクターの許可があれば、これ以外の映画でも構いません。

※これは性的偏見やレーシズム(人種差別)に関わる映画なので、他の映画でも同様のテーマのものを選ばなければ、許可は出ないと思います。レポートももちろん、そこのところに着目して、自分なりの意見をしっかりと書かなくてはいけません。

 日本語でいいから、やってみませんか?


自分の偏見に自覚的であることは、支援者にとって必須条件ですよー。


 ちなみに、上の各項目ごとにジャーナルっていう日記的レポートとかテキスト内の問題があって、さらに、宿題は1科目につき4つくらい出ます。資格を取るためには8科目必要なので、やらなきゃいけない宿題は大きいものだけで総計32こー。恐ろしや―。
2科目め『家族問題1』に突入
2015年06月21日 (日) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑪

 トム先生のおかげで1科目めを優秀な成績で修了し、晴れて「家族支援職資格課程」に入学を許可された私。
あと7科目を勉強すれば、晴れて資格をもらうことができる!

 というわけで、最初に選んだのは「家族問題1」。
 私は、この科目は受ける前から自信があった。
 なぜなら、それまでの10年間図書館に通いつめ、あるいは各所の講座を受け、あるいは大学の先生のところに押しかけ、いろんなことをして家族について学んでいたから。
 だからたぶんレポートなんてお茶の子さいさいって思ってた。
 心配なのは英語だけ。
 
 じっさい、学びの間じゅう、
「ああ、これはあの本のあの理論に言及すればいいな」
 とか、
「ああ、これはあの団体のサイトを見てみよう」
 とか、
 泉から湧き出るように、私の中からアイデアが溢れてくる。

 だけどもちろん、この科目を取ったことに意味がないわけはない。

 この資格課程全てに言えることなのだけれど、
 テキストはカビの生えた理論ではなく、実践的な話ばかり。
 課題は、頭の奥までほじくられるように考えさせる質問。

 このフィルターを通ることで、
私の中に混沌としていた家族に関する知識や理論が、スッキリ爽やか、整理された!

 参考までに、各単元のタイトルを書いておきます。
 日本語にするとどうしてもニュアンスが変わってしまうので、英語のまま。
※これは私が教わった時のコンテンツ。今は改訂されて内容がちょっと変わっているらしいです。

1.Family in society:Community as context
2.Family Development:Newer perspective
3.Power in Relationships and Society
4.Culture,Diversity and Prejudice
5.Gender:Role of women
6.men in Families,Men as fathers
7.Marriage and Divorce
8.Fertility,Childbirth and Parenting
9.Work and Family
10.Poverty
11.Violence and Abuse in the Family
12.Family as Caregiver
13.Resilience and Capacity

 余談ですが、これを学んだ2000年ころは、まだ今のように子どもの貧困に注目が集まっていなくて、
私も「日本には、そこまで深刻な極貧はあまりない印象がある」というレポートを書いて、
先生に叱られたことを覚えている。

 そしたらその後わりとすぐ、ブームみたいに貧困問題に注目が集まって驚いた。

 貧困問題だけじゃなくて、高齢者虐待や、父親支援、レジリエンシ―という考え方など、ここで一通り教わったものが、しばらくしてから日本で盛り上がる、というパターンがあって。

 だから、英語でモノを学ぶってことは、日本の近未来を予見できるってことなんだろうな、って今は思ってる。 で、それをめんどくさがらずにちゃんとやって、しかもその情報をもとに日本でビジネスやアクションを起こす人が成功するんだろうな、と思ってる。

 思ってはいるけど、そーいう賢いアクションを自分では決してやらずに、今日も元気に保守的な日本社会とお付き合いしている私。だって、めんどくさいんだもん。

 でも、もし自分のやっていることや世の中のことについて、迷った時や困った時、悩んだ時、あるいは何か新しいことをアクションしたい時は、絶対英語でネットを見たほうが参考になると思いますよ! 日本語と英語では、情報量そのものにも、大きな差がありますからね~。




 
びっくり! Aをもらったよ!
2014年11月03日 (月) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑩

 最初の科目「コミュニティエコノミックディベロップメント」でC以上の成績が取れたら、家族支援職資格課程への入学を許可してあげる、とコーディネーターに言われていたので、私は死に物狂いで頑張りましたよ。

 大学は出ているとはいえ、英語も英会話も、ほぼほぼ錆びついている状態で、パソコンの使い方をほとんど知らない状態から始めたんだから、もう恥も外聞もなく、文字通り必死ですよ。

 下手くそな英語を恥じる暇もなく、レポートも宿題も質問もディスカッションも、すべて締切通りに、クラスの誰よりも多く出しましたよ。
 
 ディスカッションでは、クラスメートの英語が訳せず泣きそうになって、それがのちに、そのクラスメートの英語がめちゃくちゃだからと分かり(どうも移民の人らしい)、なんだ、みんなそんなもんかとちょっと安心したり、逆に、すでに家族支援で活躍していて日本人にも名前の知られている人がクラスにいることを知り驚いたり。
 いろんなことがありました。

 まあ、とにかく、そうこうして怒涛の三か月間をのりきって、最初の科目が修了。

 そしたら、なんと、Aがもらえたんですよ!

 これにはホントに驚いた。
 トム先生、ありがとう!

 さっそく、コーディネーターに資格課程の入学申し込みメールを送った私。
 しかし、向こうからうんともすんとも返事が来ない。

「やっぱりだめだったのかな」
 根拠もなくしゅんとする私。
 でも、約束は約束のはず、とおそるおそる家族支援職資格課程のプログラムアシスタントという人にメールを送ってみる。

 そしたらすぐに返事が来て、
「今コーディネーターの教授は集中講義で忙しくしているけれど、それが終わったら、私がつかまえて、なんとか返事をしてもらうから」
 と、頼もしいお返事が!

 それから、三年、彼女とはメル友状態でPCを通じていろいろな話をするようになり、後にカナダに卒業証書をもらいに行ったときに、直接会うことができたのでした。
 
 しばらくすると、念願のコーディネーターからのお返事が。

 恐る恐るメールを開けてみると
「よく頑張りました。もちろん入学OKですよ。これからは何でも相談しなさい」

 と、最初になんとか断ろうとしていたコーディネーターから、うってかわった温かい言葉が並んでいる。

 私はこの時
「そうか、ここでは頑張った人が素直に認められるんだなあ」
 としみじみ思ったのでした。



 

それが君のキャリア
2014年07月20日 (日) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑨

 CED(コミュニティエコノミックディベロップメント)のトム先生に、
「英語じゃなくて家族支援を学んでいるのだから、英語の拙さを気にするな!」
と言ってもらったことは、前に書きました。

 トム先生には、もう一つ、かけがえのない言葉ももらったんです。

 ジャーナル(週レポートのようなもの)に、
「私は、ただの母親で、保育士でも教師でも、ましてや大学教授でもないから…」
みたいなことを、自嘲気味に書いたときのこと。

やっぱりトム先生に言われました。
「君がやりたいのは、家族支援だろう? だったら普通の母親として三人の子を育ててきた、それが君のキャリアじゃないか?」

 目が醒めましたねえ。

 知らぬ間に日本の肩書至上主義に毒されていたんだなあ。

 そう、子育て支援がメインフィールドである家族支援において、母親としての、しかも専業主婦としてのリアル体験を持つというのは、一番ふさわしいキャリアじゃないか。
 こちとら、家族の子育てのゲンバを知っているんだ。家族支援においては、保育士や教師や大学教授のキャリアより、むしろ私にアドバンテージがあるんじゃないか!

 私の中で、パラダイムシフトの起きた瞬間であるといっても、過言ではないかも。
 
いんたあ・びゅう
2014年06月15日 (日) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑧

 通信教育といえども、テキストを読んでレポートを書けばいいってもんじゃないのが、この勉強の面白いところ。

 宿題をこなすためには、face to faceのコミュニケーションをたくさんしなくてはならない仕組みになっている。
 
 たとえば、自分が支援のターゲットとするジャンルの人々に直接会ってインタビューをして、そのリアルな状況をまとめて報告するという宿題。
 
 コミュニティワークをするためのすべての情報が詰まっているサイト(Community tool box)の中のインタビューについてのページ(こんなのがあるんですよ!)をたっぷり読んで、インタビューの意義と心得をしっかり把握してから、いざ出陣。
(ちなみに、簡単な英語なので、このサイト(Community tool box)は、本当にお勧めですよ!!!)

 この宿題をするために、私がターゲットに選んだジャンルは、0-3歳の子を持つお母さん。しかも、今仕事(ぺイドワーク)を持っていない人。
 ママ友がいっぱいいるからインタビュイー(インタビューされる人のこと)探しは楽ショーと思っていたんだけど、改めてお願いすると「えー、勘弁して―」って辞退する人の多いこと多いこと…。

 そんな中、インタビューを受けてくれた人のなかで一番印象深かったのは、ドイツからのお嫁さん。

 初めて会ったとき、美しい金髪と青い目の美貌の彼女を見て、また、新進の芸術家で東京芸大講師の妻と聞き、勝手に「瀟洒な洋館で優雅な暮らしをする、自分とは住む世界が違う人」と勝手に想像して、あまりお近づきにならなかった。

 だけど、インタビューを軒並み断られる中、あまり親しくない彼女にお願いしてみたらOKとのことで、彼女とじっくり話をすることになった(彼女はドイツ人だけど英語が堪能)。

 そして、インタビューをしてみたら…。

 まったく、人は見かけによらない。
 話してみなければわからない。

 この宿題の醍醐味が、わかった。

 なんと、予想に反して、彼女、幹線道路沿いの騒音と排ガスの激しい古ぼけた狭いマンションに住み、夫の稼ぎだけが頼りの日々。
 しかし講師である夫の給料は少なく、夫の両親の反対を押し切って結婚し単身来日したので夫の実家には頼れず、自分も、異国の地で小さな子を抱え働くすべはないから、必死でやりくりする暮らしぶり。 
 二人目を身ごもった時には、バスの乗り方もわからないから、ベビーカーに上の子を乗せ、なんと45分間も歩いて産院に通っていたのだという。
  夫とのなれ初めは、彼女が通っていた美大に彼が留学し、友人としてドイツ語のレクチャーをしてあげたのがきっかけだそうだが、ドイツでは優しかった夫も、日本の戻ったら典型的な日本人夫になってしまい、今はあまり協力的ではないという。

 そんなわけで、異国の地でたった一人で子育てしていた彼女は、やっと、英語の堪能な私の友人に話しかけられ、挨拶以上の関係の人ができたそうだ。で、なんとか英語でコミュニケーションできる私も、友人の輪に加わったというわけ。
 
 インタビューをしていくと、もっと驚く事実が明らかになった。

 彼女は、もともとドイツでは美術史を修めシュタイナー学校の講師の経験も持ち、ニュールンベルグの街づくりにも携わっていたというのだ。また、彼女には知的障害のある姉がいて、その存在が、彼女の考え方に大きく影響しているとのことだった。

 そんなキャリアの持ち主が、異国の地で貧乏暮らしをしながら、たった一人で二人の小さい子を育てていたんだね…。

 私のインタビューテーマは「生き方」。自分はどうやって生きてきたのか、これからどうやって生きていくのか?を問うものだったのだけれど、彼女は「話しているうちに自分がどんどん元気になっていくのがわかった」という。

 そして、インタビューからしばらくたったある日、私と英語が堪能な友人は、彼女に呼び出された。

 なんと彼女、「自分で講座を開きたい」と言い出した。
 タイトルは『やさしいドイツ語で美術探索』。
 有史以前から現代にいたるまでのヨーロッパ美術史を、実技を交えながらドイツ語で解説する、と言う。

 私たちは反対した。
「そんな格調高い講座を受ける日本人がこの界隈にいるとは思えないよ。まずは『やさしいドイツ語講座』くらいにしておきなよ」
 二人で声を揃えて、そんな説得を試みるのだけれど、彼女の意思は岩よりも固い。
 仕方がないので、公民館の一室を借り広報誌で参加者を募集するという一連の講座開設のお手伝いをしたのだけれど、正直「生徒さん集まるかなあ」と、心配で心配で。
 しかし、蓋を開けたら、仕事でドイツに住んでいたとか、ドイツ出張が多いとか、そんな人たちが結構いて、結局20人近くの応募がありました。
 さすがTOKYOであります。

 こうして彼女はささやかに講師業をスタートしたのですが、彼女曰く、
「今までは子育てで精いっぱいだったけど、あのインタビューを受けて、自分のやりたいことが整理できたの。そして、三人の小さい子を育てながら勉強しているマミを見て、自分にも何かやれるんじゃないかと思えた。だから講座をスタートできたと思う…」

 …なんということ。
 私は自分の宿題のために彼女にインタビューをお願いしただけだったのに、知らないうちに、その行為が、彼女をそんな風にエンパワーしていたなんて…。
 嬉しすぎる。

 それから、私と彼女と、そしてもう一人の友人と。
 三人は暇さえあれば子どもを連れて集うようになり、公園のテーブルつきベンチで、時にはワイン片手に、ヒトラーの自殺から原子力の是非まで、いろいろなことを語り合うような関係が続いたのでした。

※ この記事のタイトル「いんたあ・びゅう」の名付け親は滋賀の支援者・平井育恵さん。この記事の前身を読んだ際、「インタビューだと「コメントを取る」って感じ、これは、いんたあ・びゅう=内面を覗く ですね」というようなコメントをしてくれたので、そこから頂きました(平井さん引用ご容赦!)。

(後日談)

 その後私は北海道に引っ越し、彼女たちとは疎遠になってしまいましたが、帰る度に、彼女は変わっていました。

 彼女の講座は順調に増え、
 夫が准教授に昇進し
 新築の広いマンションに引っ越し
 三人目の子が生まれ

 しかし残念ながら、夫の実家との不仲は変わらず

 そして

 夫が不慮の事故で亡くなり
 日本で未曾有の原発事故が起き

 彼女は三人の子どもを連れて日本を離れ
 今はドイツで暮らしています 



 ホントに人生って…。
 


 


 
 

 

 
 

 
事務処理だって、英語だよ!(当たり前)
2014年05月25日 (日) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑦

 パソコンと英語に苦しみながら、1科目めに取り組む私のもとに、ライアソン大学から一通の封書が届いた。

「ひえーなんだろうかー」

 当然と言えば当然のことながら、全部英語で書いてある。電子辞書片手に解読したところによると、どうも、学費が足りないから100ドル払えと言っているらしい。

 おかしいな。

 ちゃんとインターネットでクレジット決済したはずなのに。
 
 慌てて入学案内を読み返す。「読み返す」って言ったって、もちろん電子辞書片手に解読、という意味よ。

 すると通学課程の説明のほうに、インターナショナルスチューデントは学費が2.5倍になるという記述に行き当たった。
 これかなあ。これが通信課程の学生にも適用されるということなのだろうか。
 でも、それにしたら、金額が合わないんだけれど…???

 だけどその辺のことを大学とやりとりしている暇はなかった。
 だって手紙には、「期限までに払わなければ、学籍を取り消す」とかなんとか書いてあって、しかもエアメールだから私の手元にその手紙が届くまでにすでに日にちがたっていて、
 その「期限」って、

 明日なんだもん!

 時差や私の英語力を考えると電話での問い合わせは無理。
 メールを書いたって返事を待っている余裕はない。

 この時点で、私の気分は消費者金融やオレオレ詐欺に煽られているお年寄りと同じ。

 とにかく払わなくちゃ! とりあえず払わなくちゃ!

 支払方法は、大学の窓口に直接届けるか、郵便のマネーオーダーで、

って書いてあるけど、窓口に直接行けるわけないでしょう。私は遥か彼方のトーキョーにいるのだよ。だからマネーオーダーしかないんだけど…マネーオーダーって、いったい、ナニ??
 
 とりあえず近所の郵便局にママチャリを飛ばす私。

 窓口に駆け込み、

「あの、マネーオーダーってなんですか?」……

 マネーオーダーのやり方を聞いて書類をもらって一旦家に帰り、ライアソンの指示通りに書類を書いて、そして持っていったら不備があって、もう一回引き返して…。

 結局その日は悲壮な表情で三回くらい郵便局を往復しました。

 ちなみに、その都度、一歳の息子の積み下ろしも、もれなくついてくるわけで…。

 上の二人が学校や幼稚園に行っている貴重な午前中が、おかげで丸つぶれ。
 このアクシデントがなかったら、少なく見積もっても文献十ページは読めたのに…。


 後日、なんと、その請求は大学側の手違いと判明。
 それ以降の学費に充当してくれることになったのですが。

 あのロスタイムと焦りまくった気持ちはどうしてくれるの…? それは取り返しつかないよ…?
 …まあ、いい経験になったんだけれども。

「やっぱガイジンはいい加減だよなー」
 と、思わず偏見に満ちた台詞をつぶやいてしまった私でした。

 能力に満たない者が外国語で学ぶのは、ホントにもろもろ大変です。



 
祈る。
2014年03月04日 (火) | 編集 |
カナダ家族支援職資格取得日記⑥

 家庭支援職資格課程のインターネット通信教育では、コース教材として、ウエブサイト(PDF含む)が指定される。その指定された複数のサイトすべてを一週間以内に読んで、配信されたテキストの質問に答え、ジャーナルと呼ばれる週一回の授業の感想レポートを書かなければならない。

 しかしチビ三人を絶賛子育て中の身では、日がな一日PCの前に座っているなんて言うわけにはいかない。当時はi pad も mac air もないから、重めのノートパソコンを持ち歩くのもつらすぎる。なにしろこちとらデフォルトで10キロからの赤ちゃんをすでに抱えているわけですから。

 というわけで、私は、この現状に対処すべく、「指定されたサイトを全部プリントアウトしてどこへでも持ち歩く」という作戦を考えた。

 週の始まりの日、慌ただしい一日が終わり、子供達が寝静まった後。
 その週の必読サイトとして指定されたページをすべてプリントアウトする。

 このとき、私はひたすら祈る。
 ホントに、PCの前で手を合わせて指をクロスして、文字通り、祈る。
 PCの印刷プレビュー画面を睨みながら、強い気持ちで祈る。

「どうか、一枚でも読まなければいけない枚数が少なく印刷されますように!」

 PCの画面のページ枚数のカウントは、時には私をあざ笑うかのように進み続け、30とか40とか、時には50という、それを英語で読む私にとっては天文学的数字を示すこともあれば、思いのほかすぐに止まり、7とか、そういう一桁の可愛い数字でおさまってくれることもある。

 そして最終的な合計枚数が少なければ、とりあえずその日は安心して眠れる。
 でももし多ければ、心臓がどきどきしてきて、眠っても不安が募り、結局明け方4時ごろから起きだして文献を読み始めてしまう。

 そんな日々。
 
 こうして、キッチンでも幼稚園でも公園でも子供の歯医者の待合室でも習い事の場でも、私は、子供の相手もそこそこに、英語の文献を眉間を皺寄せて読んでいる、感じの悪い母親となったのでした。