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日々の呟きから子育てコラムまで。イラストレーターとファミリ―ライフエデュケータ-のコンビ「さえる」のブログです。家族支援学についても書いてます。
新しいサイトを作りました。
2019年07月28日 (日) | 編集 |
ここでは、思ったことをノンジャンルで書いてきましたが、
よりわかりやすく、読みやすくするために

家族支援者向けのサイトを立ち上げました。
ぜひそちらもご覧ください。

家族支援と子育て支援 家族支援・子育て支援の活動をしている、または、これからしたいすべての方へ……

学校は、家族支援の大きなリソースだから、
学校の先生方向けのサイトも作りました。

家族支援@学校 ―保護者対応から保護者支援へ―


親をはじめ、子育てをしている人向け、子どもを幸せにしたいと考える人向けのサイトも立ち上げました。
こちらもよかったら訪問してください。

幸せな子育てのヒント 子育てしている、または、子どもを幸せにしたいすべての方へ……


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通知表なんていらない!
2018年12月23日 (日) | 編集 |
ゾゾタウンの社長のインタビュー記事を読んだら、
あの会社には社員の「評価」がないという。

閃いた!

小学校の通知表っていらないんじゃね?

ある教師も言っていた。

「評価という仕事さえなければ、最高の仕事」

ほんとそう。

小学校は文書では表せない
日々の営みの中の
えもいわれぬ学びが溢れているところ

その豊かさに比べれば
通知表という紙が表現できることは僅か

それに毎学期末
多くの時間を割かれている。

公文書じゃないのに。

だいたい、自分の子の(学校的学習の)出来なんて
日々の学校生活の様子でおおよそわかるし

しかも
小学校時代の学習結果がその後も学歴にリンクするとは限らない

我が家を振り返っても

小二の時硬筆書写で学校代表になった長女は進学校に行ったが、最後の最後で大学進学せず。

校長室に呼ばれがちだった悪ガキの長男はスポーツ推薦で大学付属高に進学し、高校で死に物狂いの勉強をして有名大への内部進学を勝ち取った。

小学校時代を遊び倒して
「よい」がたった3つで全学年120人の下から3番目という通知表だった二男は中1の前半半年で小学校6年間算数をマスターし(本人談)、中堅高校から現役で中堅大学に合格した。

前にも書いたが、この成績最悪の末っ子は
小学校時代、
毎日は楽しすぎて1日が終わるのがつらくて、
同時に
明日はどんな面白いことが待っているのだろうと寝るのが楽しみ
という6年間を過ごしていたそうだ。


というわけで

「小学校の通知表っていらないんじゃないですか?」

と我が師匠、松崎運之助先生に尋ねたところ
先生がおっしゃった。

「いらないよ! 義務教育なんだから。小学校だけじゃなく、中学も高校もいらないでしょ。上位の学校が進学希望者の成績が必要な時だけ、学校に請求すればいい話」

おお。さすがスケールデカい。
重ねておっしゃるには、

「あとね、卒業証書もいらないの! あんな紙切れ一つでどんだけの人が苦しんできたか! 行っていなくてもらっていなくてつらい思いをしたり、不登校でさ、行ってないいのに形式卒業でもらってつらい思いしたりする人がいっぱいいるんだから。卒業したかどうかも、必要な時に証明書を出せばいいじゃない!」

そ、そこまでは思いつかなかった。
さすが師匠。

職場でちょっと周りに
「通知表いらないんじゃない?」
と口を滑らせた時は
「まあね、でもやっぱりいるでしょ」
というお返事ばかりだったけど
(私の考えは業界の常識からぶっ飛んでいることが多いので自分の意見を言わないよう努力しているけどうっかり口を滑らせた)
師匠は、私の発想を遥かに超えていた。

卒業証書に価値を置くから、不幸が生まれると考えたら、

卒業証書をもらってきた日に、筒を使ったスポスポ遊び(フタ部分を動かしてスポスポ音をさせる)をするために、卒業証明を床に放り投げて顧みなかった長男の所業は正しかったのか?!

私個人は
ノスタルジーとして
卒業証書、可愛いんだけどな。

夜間中学の卒業生にとっては
むしろ
なによりも貴重なのでは?


いろいろ考えて長くなってしまった。











無性に腹が立ってきた
2018年12月01日 (土) | 編集 |
電車で座っていたら

隣に知的障害と思われる若い男の子が座った

そのまた隣はお父さんと思われる中年男性

息子の隣に座っている私に
迷惑がかからないように

ピリピリと神経をとがらせているのが伝わってくる

小声で自由奔放な息子の立ち居振る舞いをコントロールしている

私は障害のある人のことは
よく知っているから
何が起こっても大丈夫なんですよ!

と伝えたい

そんなに気を使わないで
心配しないで

なんなら、なにかあった方が楽しいと思っているくらいなのに

でも
電車で隣合わせた人に突然話しかける
ことを私もできない

切ない気持ちでいっぱいになりながら

とくに何も感じていない表情で携帯をいじってる

そのうち無性に腹が立ってきた

なんで
障害のある子を世話する人とか
小さな子を抱える人とか

明らかに
そうでない人より普段から苦労している
人が

その上
周りの人たちに
なぜ
こんなにも気配りしなければいけないのか

降り際に見た親子の後ろ姿はよく似ていた
お父さんは髪が薄くなっていた

きっとこれから
あの髪が全て白くなっても
彼は息子の外出介助を続けなければならないだろう

沖縄で
小さい子を連れて旅したとき

離島に渡る船の案内人は
「ハイハイ、小さい人が先ねー」
と言って
私達親子を一番先に船に乗せた

今日の電車で出会ったことは
東京だから
起きたことなのだろうか?
人の手に渡ると、、、
2018年09月30日 (日) | 編集 |
キリストは自由な生の喜びを語っていたのに、パウロがそれをすり替えてストイックなキリスト教を作ったと
ニイルは言う。

アインシュタインの発見も本人の思わぬところで武器になったと聞いた

最初は十五の春を泣かせないために編み出された偏差値が、逆に十五の子達をしんどくさせた

教育業界もそういうことは多い

なぜか最初は素敵だったのに
人の手に渡ると
似て非なるものに変質する

とくに
大きなビジョンが
小さなディテールに
変質することが
多い気がする

ちと偉そうな書きっぷりw
日常生活支援サポートハウスの奇跡 林真未
2018年08月23日 (木) | 編集 |
 長い間ブログがたまにだったり滞っていたりしたのは、初めての著書を書くのに集中していたからでした。
 やっとできました。

名称未設定2

 現在、各方面に営業中。
 
 アマゾンでも売っています。
 
日常生活支援サポートハウスの奇跡

 まさに本日、この本に関するイベントをします。

名称未設定

 今日のイベントに来られなくても、本を読んでもらえると嬉しい。
 Kindleなら無料。
 買わなくても、地元の図書館にリクエストして自治体に買ってもらえると、無料で読めて、私的にも人の目に触れる場所に置いてもらえるのでありがたい。
 もちろん、ご購入いただけたら、それは一番嬉しい。

 この本の主人公は、すごいことをさらっとやっている。しかも、外に向かってアピールする暇も意思もないから、
この実践は、もし私が書かなかったら、だれにも知られずに埋もれていくだけ。
 でも、こんなにすごいことは、誰かが書き遺さなくてはいけない!
 その一心でまとめました。 
 同時に
 私が伝えたい「家族支援とはなにか。」をこの本に詰めました。

 何らかの形でお目通し願えたらありがたい…。
 




ブログで家族支援について書く理由(マミ)
2014年01月06日 (月) | 編集 |
 10年前、カナダの大学の通信教育で家族支援を学んだ時、英語の世界ではインターネットで家族支援に関するたくさんの情報が手に入るので、すごく驚きました(それは今も変わりません)。そして、それらの情報サイトを紹介した先生が、「コミュニティディベロップメントに関わる人は、コミュニティを良くするという共通の目標のために、智慧を共有することを選ぶ」「その意義を心に留めて、これらのサイトを活用してほしい」と言っていたのをよくおぼえています。

 すごく感動しました。それまで、学問って閉鎖的、専有的なイメージがあったから。
 家庭支援学やコミュニティ系の学問では、コミュニティ発展のために、頑張って考えたことを、手の内を、惜しげもなく開放しているんだーって、胸が熱くなりました。

 それで、私もそれに倣って、仲間と、関東と関西でひとつずつ、だれでも参加できるボランティアの家族支援勉強会を数年間続けてきたのですが、今は小休止中。
 
 最初から、カナダ(アメリカも)みたいに、インターネットでバーンと公開ってしなかったのは、やっぱり、顔の見える関係で情報を共有したかったからかなあ。
 
 まず、英語を日本語に変えた時点でニュアンスがどうしても変わるし、私というフィルターを通しているので、正しく伝えられているかとっても不安だし。
 また、たとえ意を尽くして解説しても、文字だけでは、どうしても誤解曲解が生まれるだろうし…。

 そういうことを懸念して、丁寧に内容を伝えるほうがいいと思ったのかな。

 でももう一つ正直に言えば、ネットで公開して、学者さんとかに勝手に利用されたら嫌だって気持ちもあったんだろうな。カナダ、アメリカの人たちの度量に感動しながら、ちっちぇえ私は、狭量さが捨てられなかったんだね。
 
 
 でももう、学んだことをお墓に持って行ってもしょうがないので、思い切って公開します。
 不完全でも、ないよりましって思うことにする。

 私の学んだ内容は、私の知る限りでは日本語のネットの世界にはないし、おそらく日本の大学では学べない可能性が大きいと思うので(家族援助論とか家族支援とか同じような講座名でもきっと内容がかなり違うと思います。もし同じだったら全力で謝る!というか喜ぶ!)、多くの人に届いたらいいな、と今は思っています。

 どうか正しく理解して、コミュニティのために、家族支援のために使ってください。
  
 そして、もっとたくさんの人が英語で家族支援学を学んで、拙い私の家族支援学情報を補填・補完、いや、交代してくれますように。
はじまりのひ
2013年08月20日 (火) | 編集 |
さえるのブログがスタートしました。



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